詩の紹介 「雪片」 原 かずみ
(紹介者 江素瑛)
曇り空の重く垂れている雲と稲妻を胎盤に喩える趣の面白い作品です。胎盤は、少女の初潮とも、卵子の成熟により、子宮内膜が増殖したものである。妊娠するかしないかで、胎盤と月経の異なる組成物を造る。作者は、雪片の生成を介してそれを巧みに連想させる不思議なイメージ。
暴風雪の降る日、少女は大人の女に成長したのでしょうか。
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雪片 原 かずみ
雨に霰がまじりだす/ 言葉の季節は終わってしまった/ 晴れやかに照り返していた黒瓦の家々/ その下で母音を奏でていたいくつもの口/ どれもが小さくすぼんで/ 嬰児のように/ ふきすさぶ風音を聞く
天蓋に/むらむらと寄せてくる胎盤/ 厚ぽったく積んでいく雲の内側を/ 青い血管が花火を散らして走っていく/ 仮死した街/募っていく破裂音/ 暗く閉じていく空の奥で/ ぼうと鈍く光りだす水性の卵
底無しの空の沼/ 祈りのように/ 漕ぎ出された一艘の葦舟/ 風にしだかれ/ 櫓を失い/ 水底深くに光る卵に呑み込まれて
凶暴な風にあやされ/はるかなエネルギーを吸いながら半透明な空の卵は/もう町を圧するほどに膨らんでいる/皮は透けるほど薄く/中は重たく充実して
ふいに 風の音が止む/空の一角がゆっくりとひび割れ/生まれたての雪片が散華のように町に舞う
学校の大きなガラス窓から/雪雲を見上げていた少女の体内を/初めての血が滴り落ちる
詩誌「まひる」4号より08年5月アサの会 PART 2(あきる野市)
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