文庫、出版点数増えたが市場は横ばい
(08年6月11日 読売新聞)「文庫戦争」という言葉が使われ始めてどれだけたつだろうか。ただ、文庫市場は現在も、新規参入や新レーベルの設立が相次ぎ、各社が激しくしのぎを削る。(川村律文)
「宝島社の文庫という知名度を上げていきたい」
5月に新レーベルの「宝島SUGOI文庫」をスタートさせた宝島社出版部の小林大作さんは、こう強調した。これまで同社は「宝島社文庫」で文芸や教養を主に扱ってきたが、月ごとの発売数は10点から1、2点と大きなバラツキがあった。「SUGOI文庫」では、通巻1500号を超すムック「別冊宝島」で人気があった『裸の自衛隊』などノンフィクションを中心に収録する。両文庫とも当初、毎月15点ずつと大量刊行を目指し、文庫としての存在感をアピールする。
小林さんは「文芸がメーンである文庫市場で、『別冊宝島』で培ってきたノンフィクションという財産があり、他の出版社との差別化は図れる。定価も500円前後に抑えている」と話す。
一方、「少数精鋭」を掲げるのは、4月に創刊した「ポプラ文庫」(ポプラ社)。江國香織さんの絵本『夕闇の川のざくろ』や、林真理子さんの短編集などを2か月に一度、約6冊のペースで刊行していく。吉川健二郎副編集長は「点数を増やすと、版元の疲弊も大きい。良書を厳選して文庫にしていきたい」と話す。
このほか、コミック雑誌を出版している一迅社は、既に5月に男性向けの「一迅社文庫」を創刊。7月には女性向けの「一迅社文庫アイリス」の刊行を予定するなど、ライトノベル文庫に参入した。
一方、迎え撃つ老舗文庫でも対抗策に知恵をしぼる。今年で60周年を迎えた角川文庫では、森絵都さんや東野圭吾さんといった人気作家を月ごとの“編集長”として招き、お薦めの角川文庫を紹介してもらうキャンペーンを始めた。森さん推薦の井上靖『愛』や、東野さんが選んだ松本清張『神と野獣の日』など、ユニークな選択が多く、キャンペーンをきっかけに再び脚光を浴びる作品もある。郡司聡文庫編集長は「書き手であり、また読書家である作家に、人と文庫の出会いを提案してもらおうと考えた」と話す。
ただ、個別の動きは目立つものの、文庫市場全体は拡大していない。出版科学研究所の調べでは、2007年の文庫の売り上げは1371億円と、1997年の1359億と同水準。しかし、07年の文庫新刊点数は7320点と97年に比べ4割以上も増えており、種類の多さで、販売金額を維持しているのが現状だ。
同研究所では「業界全体が過当競争とわかっていても、ベストセラーを狙い出版点数が増えている」と指摘する。激しい争いが恒常化しているという意味で、「文庫戦線、異状なし」といったところか。
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