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2008年6月30日 (月)

『アダム・スミス…』の利己主義観

今週の本棚:中村達也・評 『アダム・スミス…』=堂目卓生・著
 ◇『アダム・スミス--『道徳感情論』と『国富論』の世界』(中公新書・924円)
 ◇人間と経済を考えるための宝庫
 アダム・スミスとくれば、高校生でも名前は知っている経済学の創始者。その著『国富論』は、いうまでもなく古典中の古典。
 その第一。スミスといえば、通常は『国富論』を軸に議論が展開される。
例えば、利己心に導かれた人間の行動が、「見えざる手」に導かれて社会的な利益をもたらすとして、市場の価格調整メカニズムが説明される。そして補足的に、その利己心は決して自由気ままなそれではなく、「公平な観察者」からの同感が得られるようなものでなければならない、と。
そのとき引き合いに出されるのが、スミスのもうひとつの著『道徳感情論』。つまり『国富論』がメインで、『道徳感情論』によってそれを補足するというスタイル。ところが堂目氏のこの新書は、まずは『道徳感情論』を軸に据え、スミスにおける人間の「様々な感情」を徹底的に読み込み、実に明快にそれらを再構成してみせる。それとの関連で『国富論』を論じるという構成。

 『道徳感情論』の中に登場する人間は、常に他人の目を意識し、彼らの同感を得られるよう心がける。いや、他の人間一般ではなく、「公平な観察者」としての他人の目を意識する。そうした経験を重ねることによって、ついには自らの胸中に「公平な観察者」の目を持つようになる。

世間の評価がどうあろうと、胸中の「公平な観察者」の同感を得られるように。しかし人間は、世間の評価を気にして、胸中の「公平な観察者」の目をなおざりにしてしまう「弱さ」をも併せ持っている。スミスは、そうした「弱さ」を、決して拒絶しはしない。なぜなら、「見えざる手」の作用を通じて、そうした「弱さ」が経済の発展に結びつくと見るからである。

 富と地位を手にして世間の称賛を得ようとする人間の虚栄心が、経済の発展へとつながる道筋を、スミスは見据えている。同感、虚栄心、悲哀・歓喜、称賛・非難、感謝・憤慨、野心、慈恵、高慢……といった具合に、『道徳感情論』の中の「様々な感情」が、見事に読解されてゆく。

 その第二。『道徳感情論』における人間観が、現在の学問に投げかける意味合いを、著者は意識している。例えば、脳科学における「ミラーニューロン(他人の行動を自分の行動のように感じ取らせる神経細胞)」や、「セオリー・オブ・マインド(他人の行動から、その人の心を推測する能力)」は、それこそスミスの人間観に重なる。さらに、最近注目されるようになった「行動経済学」。まるでロボットのような単純な合理性を具(そな)えた人間を前提にしてきた主流派経済学を見直し、実験的手法やアンケート調査を通じて、現実の人間行動に即した仮定を打ち立てようとする試みは、これまたスミスにつながる。
 (毎日新聞 08年6月22日)

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