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2008年6月 7日 (土)

同人誌作品紹介「木曜日」第24号(さいたま市)(3)

【「病院(ホスピタル)幻想曲 その後」菅原英理子】
 「ここに行って来て下さい。/病院のベッドの上で先々月のカレンダーを小さく破って作った紙切れには、祖父が震える手で書き付けたたどたどしい文字と切った」

 幻想曲であるためか、主人公が写真家であったらしい祖父が入院中で、何かを頼まれて、外出するところから始まる。しかし、何を頼まれたかは、読者にはわからない。幻想だからか、どうか。仕掛けがありそうな予感で読み進む。お使いの途中の風景には、街の裏通りの墓地という景色もある。
  回想のなかで、今にも死にそうな祖父の姿を浮き彫りにする。そのなかに庭の手入れをする業者の女が出てくる。この女の書き方はなかなか面白く、個性をよく表現している。結局、主人公は、祖父が展示会に出した作品を受け取りに来たらしいことがわかる。その写真をもって、病院へ向かう途中の車窓から見える棕櫚の樹を眺めるところで終わる。祖父の死に際の視線を受け継いで見た風景なのかも知れない。
 身内の死に際を知ったときに抱く、言いようのない死への違和感のようなものが表現されている。技巧派らしい手法を意識した書き方に個性を感じる。

【「小説は書かなくてよい」井上雅弘】
 作者は、年に1度、小説を書いてきたが、長いものが書けない。30代後半になって、自分が小説を書きたいのではなく、「ただ単純に自分の言葉を残したいだけなのではなかろうか」と思い至るのである。原点にもどると、たしかにそうである。同人誌は自己表現の場であるから、身辺雑記でもいいことになる。特に、働き盛りの人間には、落ち着いてじっくり物を書く時間はないかもしれない。夫を気づかう優しい妻や、生活上の感想を述べる。

【「冬女夏草」よこい隆】
「ぼく」は、中国人のホステスの「おまえ」を愛し、その行動を見つめる。ホステスである「おまえ」は、つねに男からの誘惑のど真ん中で仕事をする。「わたし」(「ぼく」を訂正しました=鶴樹)は、それを気にかけて、詮索する視線を向ける。シフトを変えたスタイルの独白体小説になっている。
 出だしの第一行目は、考えすぎか力みすぎで、石川淳スタイル悪影響か。文体の魔術から脱け出せていない形跡がある。
 しかし、こうした文体とスタイルは、それに見合う話の組み立てが要求され、その規制によって、まとまりのある物語になっている。この作者の作品を読むのは、三作目であるが、前の二作はイレギュラーな運びが随所にあり、意図がよく理解できなかった上に、その舞台となる背景も未知なるもので、出来が良いのか悪いのかさっぱり見当がつかないものであった。
 今回は、文体と舞台設定に凝ったことから、普通のお話になっている。なにやら中国人女性との愛の物語がなかにあって読みやすい。果たして、舞台が新宿で、女が客の男に渡されるものが、麻薬でなければならないものかは、わからないが、非日常性の世界を舞台にしたことで、愛の世界がドライに浮き上がるので、ウエットな部分が引き立ち効果があった。小説は書いてみないとわからないものである。なにやら優しい心の交流まで垣間見える。同時に、二人の愛の行方はわからないながら、闇に消えるものではなさそうだ。

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