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2008年4月29日 (火)

第51回農民文学賞は前田さん、大塚さん、大倉さん

第51回農民文学賞は、前田新さん(71)の小説「彼岸獅子舞の村」、大塚史郎(73)さん詩集「引出しの奥」に、特別賞に大倉尚美さん(63)詩集「大地がほほえむとき」に決まった。
(新聞「農民」2008.3.24より)書く動機は―――政府の農政の中で村は荒廃、これにどう立ち向かうべきか―この思いから
 福島県農民連副会長で会津農民連会長の前田新さん(71)が、小説「彼岸獅子舞の村」で、日本農民文学会の第51回農民文学賞を受賞。この小説は、後継者不足に悩み荒廃する農村のなかで、民俗芸能の彼岸獅子舞を若者にどう伝えていくか、保存会会長を主人公にその苦悩や喜びを表現した作品。
前田さんのコメント=「敗戦を小学二年の時に体験した私は、戦後の農業と農村の変ぼうのなかを、一人の農民として生きてきました。農業高校を卒業後、青年団活動から農村演劇に没頭し、農民組合から農民連へと発展する農民運動にかかわり、村の仲間と苦楽をともにしてきました。
 昭和55年当時としてはまだ珍しかった農事組合法人を立ち上げ、水田農業の効率的な施設と農機の利用をはかってもきました。しかし、農民の必死の努力にもかかわらず、この国の農業政策によって村は衰退し、今まさに解体の危機に直面しています。
 その現実に農民自身がどう立ち向かうべきなのか。状況のなにをとらえ、守勢から攻勢に転ずべきなのか。その力はどこにあるのか。そうした思いが、運動の現役から離れてあらためて脳裏を去来しました。小説「彼岸獅子舞の村」を書いた動機は、そのことにあります。私の村には、民俗芸能の“彼岸獅子舞”が継承されています。無形でしかも芸能であるがゆえに、その保存と継承は村という組織とそこに結ばれる人間の絆(きずな)と不離一体の関係にあります。その危機はそのまま村の危機を意味します。私も、すでに古希にいたりました。十年前に脳梗塞を患い、左半身に重度の後遺症が残ります。が、幸いにも新聞「農民」のコラム(旬の味)を一昨年まで書く機会をいただきました。そのことが終わって、小説のかたちを借りての「村からの発信」を思い立ちました。はからずも、それが今回の受賞となり驚いています。各位に深く感謝するとともに、もしそれが何かに役立つなら、冥利に尽きます。」
(ブログ「文芸同志会通信」の07年11月27日作品紹介より)
【「彼岸獅子舞の村」前田新】
主人公・津村惣一の村は50戸のうち農家は40戸を数えるが、専業農家は3戸だけになっている。その専業農家以外はすべてが2種兼業の農家となり、農地を手放して農家で亡くなった者が5戸、老齢と転業で農地を委託した者が13戸、死につぶれの空家が1戸、村を出て空き家になった者が2戸、さらに一人暮らしから施設にはいって空家になっているのが1戸、建屋の数はまだ47戸あるが、80歳を超えた一人暮らし、老夫婦だけの家族、それに施設入り空家などの合計が11戸である。
 村の男たちも、40歳を過ぎてもまだ独身の者が5人、離婚をして現在独りでいる者が4人である。
 このような現実のなかで、村に伝わる伝統芸能「彼岸獅子舞」の行事を行おうとするのだが、その相談の村の総会にも人が集まらず、決定すべきことがあっても決まらない。淡淡とした筆致で、過疎化、貧困化し、補助金制度で借金漬けになり、自殺者まででる経緯を物語る。

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