菊池寛「日本文学案内」日本の現代文学概観(9)
B 浪漫主義
古典主義は17、8世紀の間ヨーロッパを風靡したが、18世紀末のフランス大革命は均斉と調和を喜び秩序と典雅を愛する精神を根本的に破壊した。実際大革命は政治的、社会的な変革ではなく、精神的な大革命をも促したのである。窮屈な法則一点張りの古典主義は「旧制度」とともに亡ぶべき時が来たのだ。
ドイツの哲学者ヘーゲルが、あるところで芸術の進化を論じているが、それによると、芸術の発展段階を3つに別けて、第1は象徴的とも名付けようか、物質の力が精神の力に打勝つ時代、第2は古典的ともいうべきもので、物質と精神の二つの力が、巧く平均した時代、第3は浪漫的時代、つまり精神の方が物質を押えつける時代、大体こんな具合に大別している。
これで見ても古典主義が浪漫主義と正反対のことをしようとする運動であることは分る。一旦文芸復興につれて覚醒された精神の自由が、一度古典主義によって中止したが、19世紀に入るとこれが再び元気よく唱え出された。ルソーが「自然に帰れ」と叫んだことは余りにも有名であるが、人々が自分の信ずるままに活動してみたい、それにはいろんなこれまでの窮屈な着物を脱ぎ捨てて、裸のままの自然にもどらなければいかぬ。自分を解放して真の自我の上に生きる文学、ここに浪漫主義の文学が生れたのだ。
18世紀末に都会中心の古典主義文学に息をつまらせたルソーが初めて眼を自然に転じた。彼は「エミール」で従来の人工的な紋切型の教育でなく、自然の中に伸び伸びと育てようとする新教育論を唱えた。ベルナルダン・ド・サンピエールは有名な「ポールとヴィルジュ」を書いて、インド洋上の孤島の自然描写をした。ルソー、サンピエールとともにイギリスの湖畔詩人達の影響を受け、19世紀の浪漫主義詩人が新鮮溌溂たる自然や地方色を文学の中に取り入れたことは一つの特色としてあげるに足る。
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