同人誌「文芸中部」第77号(東海市)作品紹介
【「いやしの書-親鸞からイエス」井上武彦】
裕は新聞記者をしていたが、半年前に定年退職したことによる空虚な違和感を抱いている。クリスチャンである主人公が、合同聖会の信者たちの前で、「あかし」を語らせられる。そこで、親鸞の教えとイエスの教えの共通性があることを語る。それを聴く信者の反応などを描きながら、信仰と文学の関係について触れている。信者として「あかし」の様子はわかるが、文芸作品としては、まさに触れるだけに留まったという感じ。
信者としての信仰を背負っていることの意識が強いためなのかどうかは、不明だが、冒頭の無心で描く夜のコンビニの描写が冴えているだけに、なにか信仰心と小説とのスタンスが説明不足なのではないだろうか。神父さんを描写力で信仰心を表現しているようなところもあるのに残念、という感じがした。
信仰のいろいろについては、それぞれの個別的な考えがあるであろう。信仰というものは、日常的な平板な視線から、奇跡をも信ずる精神的な飛躍をしたことである。それを固定的な思想とすると、心の流動する部分を捉える、文学作品として組み込むのは、この手法では難しいのかも知れない。信仰心が心の中でどのように変貌を遂げているかを、描けば文学作品と信仰心の融合した作品になるのかもしれない。
【「ルソーの奇妙な絵」北川朱美】
高木レイコが留守の間に、泥棒が入り窓のところにすだれを置くのは、泥棒が隠れやすいので無用心であるという手紙を残していく。レイコはそれに返信をして、それからも侵入が続く。しばらく読みすすむと、レイコの幻視、妄想であろうと思わせる展開が続く。ディテールは良くできているが、その脈絡がわからない。個性的なイメージを優先した奇妙な小説であった。これだけでは、判断が不明。
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