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2008年3月26日 (水)

同人誌「文芸中部」77号(東海市)作品紹介(3)

【「略取」濱中禧行】
昭和31年頃の名古屋。会社に勤め四畳半で生活している峰村の下宿に、母親が妹を連れて彼のところにやってくる。峰村の父親の夫との仲が悪く家出してきたのであった。両親は、長男の峰村が老後の生活の面倒をみてくれることを期待しきっている。アパートの隣人の誰かの2号さん、大家さんとのやりとり。職場の同僚との恋愛に多くの分量がそそがれ、そのなかで恋人の仁美との交流がある。しかし、いざ結婚となると、仁美の母親もまた老後の生活を娘に頼っていた。長男と長女の悩みである。それを押し切って、峰村は仁美と結婚する。日本の家族の姿を凝縮した形で描かれている。随所に物語を引き立てるエピソードが組み込まれ、現代はここから何が変わっているのか、考えさせる。

【「海の果て」堀井清】
「私」の日記による告白体で、綴られている。すでに現役を退職している「私」は、2階に住み、妻は1階に住む、家庭内別居というほどでもないが、関係は希薄になっている。東京に勤める長男が会社の金を持ち逃げして姿をくらます。「私」は、東京に出て息子の勤めていた会社や下宿を訪ねてみるが、確たる情報を得ることができない。家に戻ると、息子から連絡があって、とにかく無事でいることがわかる。老いて家族関係の希薄なった現代の情況に、主人公の孤独癖の心を重ね合わせた、筆致に文学的に一味抜き出た味わいを示す。精神が浮遊するような雰囲気を漂わせる語りが巧み。作者は随筆で「音楽を聴く」を連載中で、音楽の鑑賞を追体験させるような味わいがあるが、この作品でもその資質が活かされている。

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