「定年後」(岩波新書)の加藤仁さん
定年後、自由な時間は二十年間で約八万時間に上るという。数多くの定年退職者を取材してきたノンフィクション作家の加藤仁さん(60)も団塊世代の一人だ。今後、八万時間とどう付き合えばいいか。その心構えや可能性を聞いた。 (広川一人)
近著「定年後」(岩波新書)が売れているが、「団塊」をあえて本のタイトルから避けたという。「団塊と付けた途端、一番読んでほしい団塊世代は逃げちゃうんです」
ほかに「全共闘世代」「ビートルズ世代」などの呼ばれ方も「一面的」と話す。一九四七年生まれの大学進学率は20%弱で、学生運動に加わったのは、さらにその一部。ビートルズ人気が爆発した高校三年にレコードを持っていたのはクラスで数人。ニューファミリーも、既に始まっていた核家族化の流れに乗ったにすぎない。「こうした十把ひとからげの扱いに反発するのが、われわれ世代の特徴でもある」
加藤さんが定年退職者を追い始めて二十七年がたつ。会ったのは三千人を超える。前の世代との一番の違いは、「戦争体験の有無」。十年に一度経験した明治生まれは、定年後の楽しみのために冒険し、退職金をつぎ込んでしまう面白い人がいた。それに比べ、団塊世代は生死のリスクを味わっていないためか「保守的」にすら見える。
定年後の生活を聞くと、円グラフに一日の予定表をきれいにつくろうとする。自由な時間なのに、会社員時代と同じくルーティンワークの発想から抜け出せないという。
定年後の八万時間は、一日に使える十一時間の八十歳までの累計だ。これは四十年間の法定労働時間に相当する。
加藤さんは「ダイナミックに使おう」と呼びかけ、第二の人生を謳歌(おうか)してきた人を紹介する。
六十歳まで助産師をした四国の女性は、「老後は自分のために」と海外旅行を始めた。飛行機代が割安な韓国便を利用するなど、お金をかけずに旅し、八十三歳までに延べ百十七カ国を歩いた。
年老いて健康問題に直面するならと一念発起し、一花咲かせた人もいる。鍼灸(しんきゅう)の専門学校で東洋医学を学んだ男性は、北京に留学し、帰国して自分の鍼灸院を開いた。
元製造業の管理職は、高血圧の予防に効くというツルムラサキを研究し、日本の第一人者になった。妻もツルムラサキ料理を考案するなど、夫に協力。畑仕事で体も使い、健康に恵まれた。
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こうした人々の原動力は「一点突破」。徹底的なこだわりが生きがいにつながり、「豊かな途」が開けたという。
大切なのは、自分の七十代、八十代をイメージすること。「会社員時代なら上司が目標でもいいが、退職後は親や知人、先生など身近にいて、その生き方に共感できる人を手本にすればいい」
七百万人もいる団塊世代の多くは、パソコンやインターネットの操作を苦にしない。「この指止まれ」と発信すれば、「仮に一万人に一人が関心を持っても、七百人が集まってしまう。新たな人間関係を構築しやすい。どんどんチャレンジしていこう」。加藤さんは同輩たちにそうエールを送った。(東京新聞2007年6月13日付)
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