長引く「出版不況」(3)(毎日新聞=手塚さや香、鈴木英生、斉藤希史子記者の取材)
今、自費出版の著者の典型は、退職後の男性だ。05年に「自費出版ライブラリー」が収蔵する約2万1000点を分析したところ、執筆者の平均年齢は62・9歳で、男性が61・1%、女性は25・1%(他は団体など)。若年層で人気の「ケータイ小説」に対し、中高年は自費出版が「自己表現」の手段になっているのか。
◇手法は以前から問題視--写真家・藤原新也さん
主催の賞に応募し落選した人に出版を勧める新風舎の手法を知ったのは、写真家志望の若者たちから、次々と写真集が送られてきたのがきっかけだった。これに疑問を持ち、私のブログで情報提供を呼びかけたところ、300通以上のメールが寄せられた。
自費出版というと中高年のイメージがあるが、新風舎の著者は若い世代も少なくない。松崎社長自身も若く、現代のメディアをよく知る世代だ。
今の若者は商業主義の中で育っているから、テレビやインターネットの情報をかぎ分ける感覚は持っている。
だが、バーチャルでない肉声のやりとりに弱い傾向があり、巧妙な勧誘の言葉につい乗ってしまい、事後に後悔している人が多い。今後、新風舎から本を出した人が蔑視(べっし)を受けることも懸念される。
新風舎の本の多くはこれまで小規模にしか流通しなかったのに、本の売り上げで再建するという趣旨の会社側の発言は説得力がない。
新風舎のようなやり方は、一部ではだいぶ前から問題視されていた。大半のマスコミが、再生法申請に陥るまでほとんど報道してこなかったことも問題だ。(談)
◇「流通に乗らぬ」常態に戻れ--現代詩作家・荒川洋治さん
大手出版社が手掛けない作品を、個人の立場から自由に提示するのが自費出版。「流通には乗らない」という前提を、かつての「書き手」はわきまえていたし、同人誌活動などで印刷・製本の知識も蓄えられた。
しかし自分史ブームと共に自費出版の需要が拡大し、書き手の欲望も膨張した。日ごろ本を読まない人が著者になると、自作を過大評価しがちだし、出版事情にも疎いため社会的流通を当然と思い込んでしまう。新風舎の破綻は、こうした幻想に水を浴びせたわけだが、世の中に根強く残る「本信仰」を皮肉な形で証明したとも言える。ネットが発達し誰もが意見を発信できる時代だからこそ、本の書き手はステータスが高まるのだろう。
今回のことで自費出版という行為までが否定されたわけではない。松崎社長の学生時代を知っているが、当時の彼が目指した「出版の大衆化」は今後も進むだろう。彼は針路を「ビジネス」へと転換したが、書き手は自費出版の常態に戻ればいい。
私自身30年以上、詩人たちの詩集を出版もしてきて、つくづく本とは人間のような魅力があるものだと思う。どんな大家も自費出版から出発した。自費出版時代は、その人らしさが一番輝くとき。実りあるものにしたい。(談)(1月14日付、毎日新聞)
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