« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月30日 (日)

文芸時評・9月(読売新聞)山内則史記者(3)

《対象作品》「風花」に始まり「下萌(したもえ)」で完結した川上弘美氏(49)の連作短編(すばる2004年1月号~07年10月号)は、結婚して7年になる〈のゆり〉と、浮気している夫との夫婦の危機、すれ違い、煮え切らない心理と行動を丁寧に描く。前作『真鶴』では非現実と現実の壁が溶解していたが、のゆりはあくまで日常にとどまり、生活感の中にある。その意味でも『真鶴』とこの連作を併せ読むと、川上ワールドのA/B面を味わえるのではないだろうか。

《対象作品》東浩紀氏(36)と桜坂洋氏(36)の合作「キャラクターズ」(新潮)は、東氏が主張する「ゲーム的リアリズム」を実践してみせた批評的小説。語りの主体がいつの間にかすり替わる前田司郎氏(30)「誰かが手を、握っているような気がしてならない」(群像)、二人称の距離感が効いている吉原清隆氏(36)「『行き先階釦(ボタン)を押してください』」(すばる)も、それぞれに面白かった。(山内則史)(2007年9月25日 読売新聞)

| | コメント (0)

2007年9月29日 (土)

文芸時評・9月(読売新聞)山内則史記者(2)

《対象作品》石原慎太郎氏(74)「火の島」(文学界)連載2年余に及んだものが完結した。三宅島の漁師の息子と、灯台に赴任してきた一家の娘は、噴火によって生き別れる。島でその少女の命を2度救った少年は壮年期を迎えて、不祥事をネタに企業をゆする凄腕(すごうで)の暴力団幹部に、少女は皮肉にも男に食い物にされるゼネコンの社長夫人におさまっている。そんな2人が再会したらどうなるか――。島での出来事こそ「人生の時の時」であったと知っている2人は、その場所と時間へ引き戻されるかのように、宿命的に破滅へひた走る。陰影鮮やかなヒーローとヒロイン、やや大時代的なロマンチシズムは時に劇画的ですらあるけれど、企業社会に巣くう悪、保身に右往左往する企業トップたちの醜い生態など、皮肉っぽい作家の視線が活写する背景の細部は確かで、引き込まれる。終盤、すべてをなげうつと決めた男が、老齢の暴力団の顧問弁護士と人生について語り合う場面はとりわけ印象深い。「小説を書く作業は、その小説を書くことを通じて、自分の死生観を作り変えながら生きて行く、そういうことでもあります」(『大江健三郎 作家自身を語る』)という言葉が想(おも)い起こされた。

| | コメント (0)

把瑠都だけでなく、里山、白乃波、境川、南、山本山、浜栄光、薩摩力も元気

大相撲・尾上部屋の話題となると、把瑠都が一番だが、他にも里山、白乃波、境川、南、山本山、浜栄光、薩摩力も元気である。部屋別の勝率ではいつもトップかトップクラスである。
大相撲秋場所は、 「把瑠都十両優勝で意気あがる尾上部屋」。吉本興業の「ジパング上陸作戦」の加藤と、コンビ“つばさ・きよし”の3人が司会をした。
やはり、面白くて盛り上がった。
 この日は、相撲絵師・木下大門氏の平成19年秋場所絵番付が渡された。みごとなものである。


 それにしても。時津風部屋の弟子しごき死事件には、驚いた。北の湖理事長のNHKニュースでのコメントにはもっと驚いた。「部屋によって、稽古のやり方はいろいろあるが・・・」云々の弁。ビール瓶で頭を殴るのが稽古とは、あきれた。そんなことで、相撲界にわが子を入れる親がまだいると思っているらしい。社会的な存在の意味をまるで理解していない。こんな調子では、どこかで、過去にも同様なことがあったに違いない。相撲界が存亡の危機にあることを理解していないようだ。

| | コメント (0)

2007年9月28日 (金)

文芸時評・9月(読売新聞)山内則史記者(1)

《対象作品》大江健三郎氏(72)今月完結臈(らふ)たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」(新潮)=読むことと書くことの往復の中から構想されたと思われる作品。松山高校時代から愛読する日夏耿之介(ひなつこうのすけ)訳『ポオ詩集』の一節があり、ナボコフ『ロリータ』との照応がある。息子の〈光〉と歩行訓練していた〈私〉は、エリオットの詩から引用した英語で声をかけられる。相手は〈木守 有(こもりたもつ)〉。駒場の大学で知り合い、後に国際的な映画プロデューサーとなった彼は、女優の〈サクラさん〉を主演にドイツの作家、クライストの生誕200年記念映画を日本で撮るべくシナリオを私に依頼するが、撮影クルーのスキャンダルで計画は頓挫する。以来30年ぶりに現れた木守の目的は、一度はついえたその映画の企画をやり直すこと。それによってサクラさんは、幼いころアメリカ軍人に強いられたあるものに、復讐(ふくしゅう)しようとしている。『取り替え子』『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』と続いた三部作と作品世界は地続きの印象で、木守と私は大江作品になじみの「おかしな二人組」にも見えるが、明らかに存在を際立たせているのはサクラさん。三部作に流れていた老人の愚行と憤りの熱はやや後退し、サクラさんを苦しめていたものと、それに端を発した精神の失調、私の故郷、四国の森に残る歴史と伝説を結んでの生の回復が、結末の希望へと開かれていく。『「雨の木」を聴く女たち』にも通じる、切なくもおおらかな読後感は、女性を描いたことから来ているかも知れない。三部作を経て氏の「後期の作品(レイト・ワーク)」が、次の局面に移ったことを感じさせる一作だ。

| | コメント (0)

同人誌「文学街」240号(東京)作品紹介など(3)

近年の「文学街」は、その活動と掲載作品に勢いがあり、活き活きとしている。自分の知る範囲では、主宰の森啓夫氏は、長い間、全国同人雑誌作家協会で、運営に力を注いでいたが、そこでは、文学的主張を十分に発揮できないと感じたようで、同協会を退会し、「文学街」の充実に力を注ぎ、文学的主張の実現にとりかかり始めたようである。その後、森氏の去った全国同人雑誌作家協会は、「全作家協会」と名称を変更している。

もともと「文学街」は、巻末に読者との交流の頁があり、作品発表者と会員読者との意見交流が記されている。自分も同人誌の同人誌らしさとは、どんなものかという関心からしばらく会員となって、愛読させてもらった。また、文芸評論家の岩谷征捷氏の掲載作品論が毎号掲載されるなど、読者側の充実ぶりが顕著である。近年は、会員も200名を超え運営も手一杯という話しも聞いたので、今頃は300名近くになっているのでなかろうか。
文芸思潮の五十嵐勉氏の活動とも連携したり、全国の同人雑誌からの推薦作品を再掲載する企画、「作家&読者交流の集い」を東京で開催するなど、全国の同人雑誌運営者や作家との交流を深めている。こうした見方は、自分の解釈のもので、他にもあるかもしれないが、外部から見た流れは当たらずとも遠からずではないかと思う。
「文学街」発行所=〒168-0065東京都杉並区浜田山2-15-41「文学街社」。

| | コメント (0)

同人誌「文学街」240号(東京)作品紹介など(2)

【「傀儡の指先」荒井登美子】
作者は今年の「農民文学賞」受賞者。40歳代の「私」は、家庭の主婦。子供ふたりを育てて、夫との仲も悪くない。しかし、彼女は、20代の頃、親への反発から繁華街でホステスをしていた。そこで知り合った、年の離れた歯科医師・久木の愛人になって、長い交際をしてきた経歴がある。その後、別れた彼女は、久木を忘れることはなかった。その久木が警察が選挙違反で逮捕されたことを知る。彼女は衝撃を受け、夫を欺いて久木と旅行に行き、恋愛関係を復活させる。やがて、久木は彼女の夫に、彼女を自分の妻にしたいと談判してしまう。彼女は離婚し、久木ふたりだけの日常生活をしているところで終る。
 力作である。女性の厨房の描写で、その揺れ動く情念を表現し、成功している。巧い運びで前半は、普通の不倫小説なのかなと思わせながら、後半のところで、「私」の日常生活を描くことで、人間の愛の不条理の詰め寄っている気配が感じられ、文学作品にしている。とにかく筆力がある。昔、純文学と大衆小説の間に、中間小説というジャンルがあったが、それにちかいところがある。

| | コメント (0)

2007年9月27日 (木)

同人誌「文学街」240号(東京)作品紹介など(1)

【「鬼才・村尾文の構築術」庄司肇】
「文学街」234号の別冊「村尾文自選短編小説集」に掲載された作品を評論している。筆者の書く立場から、その筆力を高く評価し、疑問点も鋭く指摘する。村尾作品を良く知らない自分だが、もう一度読み返したくなるような魅力のある力強い評論であった。
【「観覧車とビスケ」土井荘平】
 古希を過ぎた佑介が、若い頃に過ごした法善寺横町のあたりの風景を夢ともうつうともなく頭に浮かべ、自分の姿をそこに見たりする。朦朧として心のゆらぎに身をゆだねるしかない老人の姿を描いて、説得力がある。
【「モノローグの快楽」尾関忠雄】
「独白」という行為の意味を「独白」で綴り、時おり哲学的思弁に入ったりする。非常に面白く読まされた。自己の存在の意義に触れたところなどでは、もうすこし哲学的な探究を追求して欲しい気もしたが、ユーモラスな語り口を楽しむことができる。
【「雁」川島徹】
長年、教員をしてきた高浜志郎は、教頭を務め校長になれる資格を持っていながら、転任が多く、また上司にも恵まれず校長の推薦をうけることがない。その高浜の悪戦苦闘ぶりを描いて、リアリティと説得力を持つ。教員の知られざる事務的な仕事の細部も描かれているのは読み応えがあった。自己中心的で身勝手な女性校長の姿も、よく表現されている。高浜が病に倒れ生死をさまよった末に、空に雁をみるところで終る。

| | コメント (0)

2007年9月26日 (水)

金原ひとみ「蛇にピアス」を映画化

<シネマトゥデイより>2004年に綿矢りさとともに20歳で第130回芥川賞を受賞した金原ひとみの「蛇にピアス」が映画化されることになった。監督は世界的な評価も高い演出家、蜷川幸雄(ニナガワユキオ)。 配給は、ギャガ・コミュニケーションズ。

 小説「蛇にピアス」はサディストの入れ墨掘り師と同棲している主人公が、自らも舌にピアスを入れ、次第に肉体改造の深みにハマっていく激しい愛と絶望を描く。原作はすでに65万部を売り上げ、世界105か国、10地域で翻訳され海外にも熱狂的なファンがいる。

 小説の中には、「スプリットタン」「ピアス」「刺青」「激しい肉体関係」といった表現が象徴的に使われる。金原は「すごく生命を感じさせる行為だと思っています。体にとっては、とても痛かったり不健康なことだったりするのかもしれませんが、むしろ病気になったときに自分が生きていることを強く実感するのと同じように、とても生命力にあふれる行為だと思いますね」と自らが物語の主人公に同調していることを明かした。

ネットニュース<シネマトゥデイ>の全文
衝撃の映画化! 20歳で芥川賞とった金原ひとみ「蛇にピアス」を世界の蜷川が映像に

| | コメント (0)

文芸時評・9月(毎日新聞)川村湊氏

《対象作品》「東浩紀+桜坂洋「キャラクター」(新潮)/桐野夏生「メタボラ」/吉田修一「悪人」/前田司郎「誰かが手を、握ってるような気がしてならない」(群像)/東直子「うさん」(文学界)/小谷野敦「童貞」(文学界)。
《注目の一冊》松浦寿輝「川の光」(中央公論新社)。(9月26日付)。

| | コメント (0)

2007年9月25日 (火)

詩作品の紹介 「せめてもの」柿添 元

 (紹介・江 素瑛)
 遺言状のように書かれた詩です。遺言とういのは、死後の「将来」について、のぞみというか、責任というか、未練というものか、改めて書き留めたものです。
 死後はもう語れないものは、生前で語り続けると、遺言にもなります。書き留めた文字、書きとめた絵画、書き留めた音符、死後に持って行けないもの。永遠に生の世を支配する「遺言」も沢山あります。
 本来、死後と生前は全く縁も故もない両世界なのに、せめて生きているとき、自分の死後の「将来」も指図したい気持ちは、世の諸君は持っていると思います。
 土に返せ、海に返せ、無になりたい、と求める作者ですけれども、/ 死人に口なしだからな / と最後は、やはり願っても叶わないかと諦めています。
               ☆
   せめてもの         柿添 元

 ぼくが死んだら/ 裸のまま/ 土葬してくれ/ 土になって/ せめてもの/ 恩返しがしたいから/ でも/ それが不可能なら/ 焼け残った骨は/ 海に捨ててくれ/ 墓など要らぬ/ 金は/ 生きるもののためにこそ/ 使われねばならぬからだ/ ぼくは/ 土になれないのなら/ 無になりたい/ それが/ せめてもの/ ぼくの望みだ/ ただし/ それさえも叶わぬのなら/ かってにしろ/ 俗に言う/ 死人に口なしだからな
              詩誌「岩礁」132号(三島市)「岩礁の会」

| | コメント (0)

2007年9月24日 (月)

多和田葉子×高瀬アキ・デュオ11月2日開催

芥川賞作家・多和田葉子とジャス即興音楽の分野で国際的に活躍するピアニスト高橋アキによる異色のパフォーマンス「音の間 ことばの魔」が神奈川県民ホールで11月2日(金)PM7:30分より開催される。多和田独特の言語実験に満ちたテクストが、豊かなリズム感をもった朗読によって空間を飛び交い、躍動し弾む高瀬のピアノと絡み合う。パフォーマンスは、神奈川県民ホールギャラリーの現代美術展覧会・塩田千春の美術作品のなかでも繰り広げられる。全席自由一般2,500円、学生2000円。神奈川芸術文化財団ホームページでも予約できる。
★自作朗読【多和田葉子】=作家、ベルリン在住。ドイツ語と日本語で小説、詩、戯曲作品を執筆。ドイツでは朗読会などで頻繁に自作を朗読しており、他ジャンルのアーティストとの共演も多い。1991年「かかと失くして」で群像新人文学賞、93年には「犬婿入り」で第108回芥川賞を受賞。96年、ドイツ語での文学活動に対し、バイエルン芸術アカデミーからシャミッソー文学賞を授与される。以後、ドゥマゴ賞、谷崎潤一郎賞、伊藤整文学賞のほか、ゲーテ・メダルを受賞。その後、作品は英語、仏語、ポーランド語、ロシア語などでも翻訳されている。
★ピアノ【高瀬アキ】=アメリカの秋吉敏子・ヨーロッパの高瀬アキと並び称される世界的ピアニスト。ベルリン在住。モントルーを始めとしてヨーロッパ各地のジャズフェスティバルで注目を集める。シュリッペンバッハとともに、作曲家、編曲家としてベルリンのBCJO(ベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラ)のコンサートリーダーとして活躍。1997年~2000年までベルリンのハンスアイスラー音楽大学にピアノとアンサンブルの客員教授として招かれる。ドイツ批評家レコード賞(5回受賞)ベルリン新聞文化批評家賞などを受賞。

| | コメント (0)

2007年9月23日 (日)

報道における真実と事実

バカボンが、まだ比較的安定したサラリーマン生活をしていた頃、同僚で20年間医者にかからないという鉄人がいて、健康保険組合から表彰されていた。「すごいですね」と驚くと、「俺は知っているんだよ。君は知らないのか? 病院に行く人間は、死亡率が極端に高いという統計があることをー。だから、俺は病院に行かない」というのだ。

 このところ読売新聞の「地球読む」というシリーズで、評論家や教授が「テロ特措法」を指示する意見を述べている。それはそれで、面白いが、このような意見は、自民党新聞でやれば一番似合うような気がする。これを面白く読んでいたが、素朴な疑問がでる。「テロとの戦い」を始めて、どれだけテロがなくなったのかという事実の検証がないことだ。前提とした、事実の報道がない。これらの有識者の意見は、彼らが真実だと思っていることをのべているに過ぎない。事実は検証可能だが、真実は人によって異なるので、多様である。まして、メディアが「真実を伝える」主張するのを目にすると笑いたくなる。お前の勘違いで信じている「真実」なんて聞きたくないよ、と思ってしまうバカボンなのだ。メディアは事実だけが報道できる。しかし、その事実を報道しないで、真実を報道したがるのは困ったものだ。
 9.・11テロで、5000人とも言われる命が奪われたが、その後アメリカは国民をテロから守るといって、アフガン・イラク戦争で、それ以上の自国民兵士の命とアフガン・イラク人の命を失っている。もし、国民の命を守るイラク戦争をしなかったら、もっと多くの人が死んだというのだろうか。誰も死なないで済んだのではないのか? 

 ついでに、メディアで評論家が主張する「米との安保条約があるから日本が安全だ」、「軍隊は国民を守る」信じて疑わないようだ。ミサイル攻撃を日本が受けて、防ぐ方法があるのか? そんなことは、ないのでは? それどころか、復讐に立ち向かって、また自国の国民兵士と相手国の国民を死なせるだけではないのか? 軍隊の兵隊は国民でないという前提がないかぎり、軍隊が国民をまもるという論理は、間違っているのでないだろうか。三連休の居眠りバカボンの寝言である。

| | コメント (0)

菊池寛「日本文学案内」必読の書(22)

明治時代から現代まで・5、アメリカ文学
ポ オ(Edgar Poe 1809-1849)
 故郷に容れられぬ預言者の如く、ポオは道学者や形式主義者や常識的な新教徒に満ちたアメリカで容れられなかった。
 ポオがアメリカ最大の詩人として容れられたアメリカの文化は今日のような形態は取りはしないだろう。彼はむしろヨーロッパでその真価が認められた。「悪の華」の詩人ボードレールはポオに心酔して、その翻訳を終生の仕事にした。フランス象徴派のマラルメも自らポオの詩を訳しもし、象徴派の基礎をなす根柢をポオから多く暗示された。
 ポオはロングフェローを攻撃し、卑俗な写実文学や道学的な教訓文学を徹底的に排斥した。彼はこれを「教化の異端」(Heresy of Didactic)と称して嫌悪したのである。そして彼は詩に於て「至上美」を昂揚するために心血を注いだ。

 彼の至上美は単なる美的感情によって創られるものではない。冷静な知的な美意識が凝結して出来たものである。彼が写実文学を嫌ったのはリアルなものを嫌ったのではない。作家の想像力が加わらぬ文学を嫌ったのである。
 ボードレールの人工を愛して自然なままの姿を嫌ったのと同一心情である。ポオは彼の傑作「鴉」がどんな風に作られたか、その構成過程を細かに説明し、分析してみせた。そして偶然や直感で美しい詩篇が出来上がるものでないことを主張した。(この項つづく)

| | コメント (0)

2007年9月22日 (土)

伊藤桂一師を囲んで作品評をきくことなど

もう2ヶ月ほど前のことだが、同人誌「グループ桂」56号の合評会が秋葉原の区民会館で開催。自分はこのところ作品を発表していないが、参加した。56号の巻頭に、伊藤桂一師の詩「蒲郡風景」が掲載されている。「終戦直後の印象」という(注)があるが、引揚兵の視点で、連合軍に占領された海辺の風景を視るのである。「波マデガ死ンデイルノダ」というフレーズがその心境を示す。

作品評では宇田本次郎「喫茶店『バチスタ』」について、伊藤桂一師は「文章の華麗さ、巧さでは、随一のものがある。その持ち味は発揮されているが、今回は、時々空まわりするところがあり、前作ほどよい出来とはいえない」と語る。物語は、喫茶店の『バチスタ』に出入りする人々の人柄を描きながら、その人生模様をしにじみと語るもので、『バチスタ』とは、映画「天井桟敷の人々」のなかの女性の名だそうである。自分も独自の感性をもった宇田ワールドの作品だが、自分ならこうは書かないというシーンがいくつかあったとした。他のひとたちも、説得力の面で成功しているとはいえない、という意見が多かった。
しかし、宇田さんは、そういうような評価、受取り方をされても、自分では、それなりに思うところを書いたという快心の思いがある、と述べた。この気持ちには、おおいに共感するものがあった。さらに、「本当は、もっと長いものであったのを、同人誌であるので、削りに削ったところがあり、意味が取り難くなったかもしれない」とも語る。たしかに、同人誌は費用や、他の作品とのバランス上、長く書けないということは少なくない。印刷をせず原稿段階の作品を読み合うことも、重要なのではないか。

| | コメント (0)

2007年9月21日 (金)

「国鉄詩人」秋、07年9月号より

国鉄詩人243号は、国鉄詩人連盟第62回大会報告と、追悼・松田軍造となっており、先号に続いて、2月に亡くなった詩人・岡亮太郎(鈴木茂正氏)の追悼文もある。岡氏は労働運動詩の強力な牽引車であったらしく、今後の運営をどうするか、大会での会議の内容が詳細に記されている。表紙に萩原朔太郎の撮影した馬込付近の線路を歩く写真が、洒落ていた。そのなかで、運営者が高齢化し健康の衰えで、会の継続が困難に直面している状況がよくわかる。現在の編集担当の矢野俊彦氏は、同人誌「砂」の運営委員もしており、文学好きで献身的な人が不足し、いろいろ兼任している様子には、考えさせられるものがある。同誌には、藤井均さんの中部の詩誌「あららと」41号で廃刊のご挨拶が、載っている。

| | コメント (0)

2007年9月20日 (木)

「千の風になって」翻訳・作曲者ー新井満氏

(村串栄一記者インタビュー・東京新聞9月14日付)CD百万枚を突破した、秋川雅史さんが歌う「千の風になって」。英語の原詩を翻訳し、曲をつけたのは新井満(61)さん。翻訳作曲のきっかけは、ふるさと新潟に、小、中学校が同窓の幼友達がいたが、彼の奥さんが48歳で亡くなってしまった。その追悼文に載っていたのがこの詩。死者が生者に語りかけるという詩の内容に驚いたのがきっかけ。最愛の妻を亡くした幼友達の悲しみを癒すため、ただそれだけに作ったもの。百万人に聞いてもらえるなんて考えてもみなかった。
歌を発表してから五千通の手紙をもらった。そのなかに「自分も以前から感じていたことが歌になっている」とあった。その通りなんです。新しい発想じゃないんです。歌の根底にあるのはアニミズム。万物に生命は宿っているという宗教観です、と語る。知人に勧められて大沼に山荘を購入。大自然にどっぷりひたったところから、この作品がうまれたという。
《あらい・まん。1946(昭和21)年新潟市生まれ。上智大法学部卒。「電通」に入社し、チーフプロデューサーとなる。昨年5月に定年退職。電通時代から作家、作詞・作曲家、歌手、写真家などとして活躍。88年、「尋ね人の時間」(文芸春秋)で芥川賞受賞。日本ペンクラブ常務理事。中日新聞北陸本社主催の日本海文学選考委員。》
最近のペンクラブの活動・穂高さんのニュース「法務省は強制的な勧告で、表現の自由を阻害するな!=日本ペンクラブ

新井満氏インタビューは、雑誌「抒情文芸」124号でも、行なわれている。

| | コメント (0)

2007年9月18日 (火)

詩の紹介  「踏む」原かずみ

              (紹介者・江 素瑛)
 遠い昔の記憶を辿りながら、現在を織り込んだ作品です。蒸気関車の線路か電車の線路か、どの時代でも、どの場所でも、見渡り限りなく延びていく線路、線路わきの風景は必ず子供が居ます。
 燦燦な日照り、亡き祖父の棺の形に似ている、線路わきの杭の黒い影、跳びはねて遊ぶ少女。白と黒の対照的不気味がありながら、登下校の可愛い少女がそこを歩いています。少女の影は杭の影に重なって、儚い人生を暗示するかのような映像です。

               「踏む」        原かずみ 

   線路わきの一本の道/ 初夏の陽射しに晒されて/ 土埃の道は/ 水を飲みたいほどに/ 干上がっている

 ランドセルと背中の間に/ びっしりと汗をためながら/ 少女は道にさしかかる/
 白く照りかえす道に/ 線路わきに佇つ杭の影が/ 鉛を流し込んだように/ くっきりと地面に落ちている

 等間隔で並ぶ黒い影/ 枕木の先端を尖らせた杭の影は/ 春に送り出した/ 祖父の棺の形に似ている/ 少女は/ 道に横たわる棺を/ ひとつひとつ踏んで歩く/ 跳ねていく少女の影が/ 杭の影に重なって/ ゆらりとくねる/ 足元から立ち上がってくる/ ざわりとしたなまなましい感覚 /少女が踏むたびに/ 次々と地面に開いていく/ 鈴なりのまぶた

   祖父のアルバムを見返しながら/ 遥か遠くで/ 水晶のように光っている道をたぐりよせる/ 白い陽射しと黒い影/ 燃え上がらんばかりのコントラストが/ もう若くはない私の眼球をやく/ あの頃の少女も 今にたぐりよせる/ 暗く翳る私の胸を/ 小さなゴム靴が軽やかに弾んで/ 踏んでいく
                    詩誌「まひる」3号より (あきる野市)

| | コメント (0)

2007年9月17日 (月)

国際柔道試合大会を見る

敬老の日である。テレビで、柔ちゃんやその他の試合を見る。またボケボンの見方だが、選手は、やたらと相手の顔を引っかいている。中には、目に指をいれてしまうような場面が見られた。見ていると、どうも、柔道着を掴まれたくないため、そうなるらしい。それなら、柔道着を着ない方がいいのではないか。柔道着があってまずいような競技――あれは柔道ではない。奇妙なルールのレスリングである。あれを世界の人が柔道と思わせるのは間違いを呼ぶ。審判も柔道がどんなものであるか知っているようではない。
 そういう国際大会があるのは、べつにかまわないが、日本国内は正しい講道館柔道を継承した、本当の柔道大会を独自に維持し、姿三四郎の伝統を守るべきだ。国際的な視点でも、美学面でも、洗練された伝統文化のないものは、魅力を失っていくだけだ。

国際柔道大会で感心したのは、出場者の国が、いろいろあったことだ。なにしろ、イラク・テロ特措法では、国際社会というと、米英の二国のことらしいから、またアメリカとイギリスの選手しか出ないのかと思ったものだ。,

| | コメント (0)

「宮原昭夫小説選」刊行に200人がボランティア

 作家・宮原昭夫さん(75)は、1972年「誰かが触った」で芥川賞を受賞。これらを収めた「宮原昭夫小説選」がこのほど出版された。制作したのは、宮原さんが文章の書き方を指導する文学講座の生徒や編集者、宮原昭夫研究者らでつくる制作委員会。昨年夏に発足後、約200人のボランティアが参加してパソコン入力、校正までを行なった。1冊5500円(税別)で1000部刷り、河出書房新社に販売を委託した。「10回見直したら、10回とも手を入れたくなる」という宮原さんだが、制作委と議論を重ね、当時の空気感や時代感、作風の変化が伝わる本にするため、初出時の原稿を掲載することに納得した。

| | コメント (0)

2007年9月16日 (日)

「文芸同人誌評」「週刊読書人」07年9月21日担当・白川正芳氏

《対象作品》「ヒロシマにつながる話」右遠俊郎(「民主文学」8月号)、「傾聴猫又日記」平野佳美(著書/けやき出版)、「豊かな社会の幽霊たち」岩下準平(「イミタチオ」47号)、「島尾ミホ先生を偲んで」鳥居真知子、「同人 島尾ミホさんの葬送」寺内邦夫(「タクラマカン」41号)、「青い火」木下径子(「街道」11号)、「出版顚末記 甲斐の国からお四国へ」高田恭子(「ペン」2号)、「手紙」北山修子(「あてのき」32号)、「中日文化賞余聞」清水信(「北斗」7・8月合併号)。(「文芸同人誌案内・掲示板」よこいさんまとめ、より)

| | コメント (0)

2007年9月15日 (土)

詩作品の紹介 「ケイタイ日記」あんの じゅん 

(紹介= 江 素瑛)

 後ろを振り返りしない長女と、過去を思い出箱から出そうとした親を、面白く書かれています。互いの一生は重なる部分もあるけれども、前向きだけを歩く長女を、後ろ見しながら歩く親が追いつくことなく、距離は大きくなるばかり。
 吾が子が成長するほど、離れて行く必然性を、親は目で見て嘆きしかありません。
 <永遠につけ続けられるものじゃぁないんだね>ー永遠に残れるものはない、それは世の絶えず生滅ではありませんか。
  <ボタンひとつで自分の数ヶ月を消去した>--消去したのは、長女の自分だけではなく、親の思いでも入っています。

      
 ケイタイ日記       あんの じゅん

「ケイタイに日記つけてたんだけど/  けっこうがんばってつけてたんだ/ でもね/ <日記フォルダがいっぱいです>って表示が出たの/ 永遠につけ続けられるものじゃぁないんだね/ だから/ 全部消しちゃったよ/ そう 全部/ だって もう面倒になっちゃったし」

十四歳の長女は/ あっさりと/ ボタンひとつで自分の数ヶ月を消去した 
 
  「一つ残らず私の分身」と/ 消去できないデータフォルダで溢れ返る/ 私のパソコン/ ひとつひとつ開かなければ/ 中身も思い出せないのに

 過ぎ去った日々の文字の羅列を/ 綺麗さっぱり払い落とし/ パタン/ ケイタイを閉じると/ 長女は私を振り返りもしないで/ 薄い光りの射す方へ歩き始めた
  
                         (詩誌「まひる」3号より アサの会 あきる野市)

| | コメント (0)

2007年9月14日 (金)

世界で一番読みたい小説グランプリ公募

「世界で一番読みたい小説グランプリ」公募。11月締め切り。

| | コメント (0)

「同人誌時評」「図書新聞」07年9月15日、担当・福田信夫氏

《対象作品》「過日」上坂高生、「出立」永井孝史(以上「碑」88号/横浜市)、「ガラス玉遊戯」諸井学、「ヘルメットたちの矜持」大塚誉(以上「播火」64号/姫路市)、「八月のゆくえ」岸田淳子(「ルーチェ」創刊号/四日市市)、「はなびらのような―『原爆忌』を読む、詠む」杉山久子(「石榴」8号/広島市)、「もう一つの二十世紀―イスラーム世界が見たもの―第二章第一次世界大戦とイスラーム世界(ニ)アラブの反乱2」中島公子、「昔話の食卓(10)―漁師とその妻―」数藤ゆきえ(以上「竪琴」号数記載なし/調布市)、「思い出すことなど」渋沢晴子、「招待席(19)赤不動から熊野へ」宮本徳蔵(以上「ティルス」(酒神の杖)22号/新宿区)、「中山義秀『故里の土』について」磐瀬清雄、「昭和を生きる(仮題)―序―」林順、「走馬燈、廻れ廻れ(五)―友谷静栄と林芙美子―」宇治土公三津子、「中野重治と芥川龍之介―『僕の瑞威から』をめぐって」木村幸雄、「『むらぎも』断感―『米配給は残るか』『広重』との関連で(一)―」(以上「駱駝」51号/練馬区)、船方一没後50年特集=神谷量平、栗原治人、高橋一仁(「京浜文学」10号/横浜市)、「五校の文学第一」特集=首藤基澄、古閑章、村田秀明、村田由美、道園達也(「方位」25号/熊本市) 。(「文芸同人誌案内・掲示板」よこいさんまとめ、より)

| | コメント (0)

2007年9月13日 (木)

詩作品紹介  「さくら」井手 ひとみ=(紹介・江 素瑛)

 風を感じていたかったー内心に潜んでいた夢が、軽快な筆触で、展開しました。そこで横に現れたのは、格好いい男でした。信号を待っている間に、想像力が働きました。
 しかし、男が弁当のカラを踏んだ、一瞬、想像が現実に変わりました。
 踏み潰された沢山の夢々が人の一生をどれだけの潤いを与えられたのか、どれぐらい人を成熟させたのか。
☆掲載・詩誌「さちや」No.136(岐阜市)より

「さくら」   井手ひとみ
風を感じていたかった/ 道を渡る男の白髪まじりの髪が/ 風になびく/ なんの関係もないひとだけれど/ 桜が散るこんな朝/ ひととき 鼻の高い横顔を/ 見つめていていいだろう                                  

信号が青に変わる/ 男はさっさと先を歩いていく/ 年齢の割りに足の長い男だが/ 肩先が少し右にずれている

道を渡りきると/ 男は弁当のカラを踏みながら/ 左に回った/ 私はまっすぐ歩いた/ あんなに見つめていたのに/ もう私には/ 何かが起きる気配もなかった/ 何かが始まる気配もなかった/ 箸袋が桜の吹き溜まりの中で/ くるくる回っている              

| | コメント (0)

菊池寛「日本文学案内」必読の書(21)

   そ の 他
 近代はロレンス、ハックスリ、ジョイスが相当に読まれている。

 ロレンス(D. H. Lawrence 1885-1930)はハーディにどこか似た筆致を持っている。唯彼の描く世界は常に女性を中心にしている。性の問題が露骨に取扱われているが、かく取扱われねばならぬほどロレンスはそこに重要性を見出しているからだ。「チャタレイ夫人の恋人」は卑猥な感情よりも、美しさの方に魅せられる。この小説に依って新たな道徳が生れたと言ってもよい。「白い孔雀」「息子と恋人達」「恋する女達」等沢山の著作がある。

 ジョイス(James Joyce 1982-)はダブリン生れのアイルランド人である。「ダブリンの人々」という短編集を出して、新しい文学運動に参加したが、「ユリシーズ」が一番有名でもあり、彼の特質を決定的にしたものだ。潜在意識の世界いわゆる「思考の流れ」が時間空間の順位によらずに、普通の会話と一緒に混然と記述されている。確かに未知の世界を開拓した新しい表現法には違いないが模倣すべき性質のものではない。
 
 ハクスリー(Aldous Huxley 1804-)は前二者の如く際立った特色を持った作家ではない。然し彼の鋭敏な観察眼は近代と云うものをよく抉出しており、近代の特色たる理知が彼の小説を統一している。「対位法」は彼の傑作であるのみならず、近代小説の一つの典型であろう。

| | コメント (0)

2007年9月12日 (水)

個人誌「猟」第2号(東京都八王子市)

【「退屈な旅」乾夏生】
この中篇小説ひとつの個人誌である。ごく普通の家庭の次男坊で、工業高校にいたが、化学実験の失敗で友人が怪我をしてしまう。友人の自らしたことであるが、実験仲間であった主人公は、自分の責任でないことを強調する発言をしてしまう。自分の発言で自分自身が傷つく性格がここでよく表現されている。少年の孤独な精神をていねい描いている。
 その感受性のゆえに高校を中退、エレクトロニクスの測定器をつくる町工場に住み込みで勤めるが、自らの存在の自信のなさ、社会的な順応性の不足から、上司を殴る結果になり退職するまでの話。時代を示していない、測定器のキャビネットを筐体などと表現しているところや、測定器製造の職場の様子から、1960年代~1970年代の高度経済成長期の話であろう。仕事の内容が事細かく書いてあるのが良い。時代を書かないことで、青春前期の少年の孤独な精神を昔話から切り離して浮き上がらせた効果はある。そのぶん、物語性が(なくてもいいのだが)欠ける弱さが出る。ただ、自分には、非常に面白く共感できた。
 編集後記に、遠藤明子さんの「槐」に所属していたという。遠藤さんには同人誌「文学街」の集いでお会いしている、と思ったら、お会いしたのは、遠野美地子さん(電話をくれた)ので、別人とわかった。
 自分も、18歳から約3年ほど、測定器の組立職人をしていた。その後、夜間大学を受験。職人がなんで「学士」になるのだ?といわれたものだ。無断欠勤をしたことで、そこをクビになり、アルバイトを転々としながら通学した。高度成長期で、仕事に困ることはなく、しかも夜は勉強できる。嬉しかった。マンモス大学で、教授の講義を聴いていて、時代は自分の味方だと思ったことなどを思い出す。もっと、元気だったような気がするが、これを読むと、孤独であったことは確かで、それも空元気だったかもしれないと思った。

| | コメント (0)

2007年9月11日 (火)

嶽本のばら大麻所持逮捕の波紋

嶽本のばらさんが9月2日、大麻所持の現行犯で逮捕された事件で、雑誌「野性時代」(角川書店)10月号と「きらら」(小学館)10月号は、変更不可能で、小説やエッセイをそのまま掲載。季刊誌「yom Yom」(新潮社)では、27日発売の第4号で掲載予定だった連作短編の見送りを決定。7日にエッセー集「アラジンと魔法のお買い物」を発売したメディアファクトリーでは、15日と17日に予定されていたサイン会を中止した。野性時代は、可能ならば連載を継続したいがーーとし、そのほか、執筆再開は難しいという見方も。(読売新聞9月11日付)。

こういう無頼的なワル作家のレッテルのついた場合は、現在は難しいが、刑務所にいて本を出す例は、国内外にあるので、刑罰が確定すれば、再登場できるかも知れない。作家になるのは、ちょっと変わったところが個性とされるので、その方向が反社会的なることもある。

| | コメント (0)

「文藝賞」は磯崎さんと丹下さん

「第44回文藝賞」は磯崎憲一郎さん(42)の「肝心の子供」と、丹下健太郎さん(26)の「青色賛歌」に決定。副賞50万円。

| | コメント (0)

「すばる文学賞」に原田ひ香さんと墨谷渉さん

第31回すばる文学賞(集英社主催)は、原田ひ香さん(37)の「はじまらないティータイム」と、墨谷渉さん(34)の「パワー系181」の2作に決まった。副賞核100万円。

| | コメント (0)

豆本作家の赤井都さんの動向!

赤井都さんのこれまでの活動
これらの赤井さんの活動は、文化活動であることに、注視したい。昔は、同人誌は作家になる立身出世の手段であった。しかし、それは他の多くの方法に変わった。現在の同人誌は、文化活動でることを自覚しないと、やっていることの意味性がなくなっていくのではないか。

(「言壷」グループ。赤井さんのメールマガジンより転載)
8/25発売グラフィック社から刊行のお人形MOOK、Dolly*Dolly
Vol.14, p.32に豆本『雲捕獲記録』が掲載されています!お人形のグラビアに、小物として使われています。夜の森、真っ白いネグリジェ、目覚めてしまった少女人形。レースの
ルームシューズの足元、草の上に、はたりと青い表紙の本が落ちています。水玉和紙のにじんだ斑点、本文和紙のしなった柔らかさが、このアングルでよく生かしてもらっています。本を芝生に伏せて、というアングルが、まず自分は撮らないので、とても新鮮です。
グラフィック社HP:http://www.graphicsha.co.jp/cgi-bin/index.cgi
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■東京新聞に紹介されました!
8/30東京新聞=「豆本に凝る 手のひら文学 広がる世界」に紹介されました。
『ケータイ小説が勢いを増すご時世に、若者たちがこっそり「本」に回帰している。“文学魂”をとりこにするのは、装丁に工夫を凝らした手製の「豆本」だ。手のひらサイズの小さ
な「本」から広がる世界は。 』
 新聞裏面一面の、カラーの特集記事。「マメBOOKS」の活動がフューチャーされました。記事は、デジタル時代の手作りの物づくり、小さきものへのコメントなどをシャープに切り取っています。写真には、「籠込鳥」のまだら金箔の輝きやエンボスも美しく映っています。
がちゃぽんの仕込み風景などもあり、30平方センチくらいの大きさに十分見合った充実した特集です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■秋の展示イベントのご案内(1)世田谷生活工房「箱の中の豆本たち」今月から、いよいよ始まります! どうぞお出かけください。『箱の中の豆本たち ~小さな豆本の小さな展覧会~』
★展示と豆本作りワークショップを行います。会期:2007年9月21日(金)~2007年9月30日(日)時間:9時~20時会場:世田谷キャロットタワー3F生活工房ギャラリー(三軒茶屋駅上)※期間中無休・入場無料。世田谷生活工房該当ページ:
http://www.setagaya-ac.or.jp/ldc/modules/events/event_detail.php?id=133
★赤井都の豆本作りワークショップ
オリジナルキットを使って、カプセルサイズの豆本2種、アコーディオン折本と、あこがれの本格ハードカバーを作ります。 キットを使って、プラモデルのように本を組み立ててゆきます。【日時】 9月22日(土)14:00~16:00(終了予定)【会場】世田谷文化生活情報センター 生活工房 4階ワークショップA(三軒茶屋・キャロットタワー)【持ち物】もしあれば、裁縫用へら(持っていない人は手ぶらでかまいません) 【参加費】 2,500円【定員】 20名 【対象】小学4年生以上。申込みは生活工房まで(すべて先着順)。 TEL:03-5432-1543
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■秋の展示イベントのご案内(2)青森空間舎「本と蔵書票の楽しみ」。『本と蔵書票の楽しみ』
★MBS受賞作『籠込鳥』を始めとした豆本を出品します。 2007年10月2日(火)~15日(月)、期間中無休。11:00~18:00  入場無料。会場 空間舎 〒030-0801 青森市新町2-5-4-2F。電話017-723-5387。田中栞さんのワークショップとお茶会は要予約
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■秋の展示イベントのご案内(3)「アンダーグラウンド・ブック・カフェ」。★展示と豆本作りワークショップを行います。10/14-16 神保町東京古書会館。アンダーグラウンド・ブック・カフェvol.10にて展示販売。豆本ワークショップ10/16予定。

| | コメント (0)

2007年9月10日 (月)

台風9号の後、水没の家も自販機も復興?多摩川大橋周辺=東京・大田区

台風9号の後、水没の家も自販機も復興?多摩川大橋周辺=東京・大田区

| | コメント (0)

「文學界」7年10月号「同人雑誌評」担当・松本道介氏

《対象作品》「倩女離魂」高安修蔵、「星の名前」本間真琴(以上「河」140号/東京都)、「白線の上をお歩きください」小澤麻梨子(「法政文芸」3号/東京都)、「真鶴をめぐる随想」松本鶴雄(「修羅」55号/桶川市)、「『晴れた二人の縞模様』私見」山本和子(「とぽす」43号/茨木市)、「過ぎゆく日々の向うで」中嶋英二(「江南文学」54号/流山市)、「白鷺」しん・りゅうう(「山形文学」93集/山形市)、「まつりのあと」芦原瑞祥、「残火」阪井智一(以上「カム」創刊号/桜井市)、「逃げるばかり」岡山和男、「編集者・石井立」粂正義(以上「七十代」13号/東京都)、「菜の花ほどの」吉田典子(「森林鉄道」23号/函館市)、「徳田秋声と吉屋信子」森英一(「イミタチオ」47号/金沢市)、「雁渡し」武田民子(「たまゆら」67号/東近江市)、「見返り鹿」秋月ひろ子(「小説家」125号/国分寺市)、「雌花」中島妙子(「安藝文學」75号/広島市)、「蛍の家」榎本武男(「月水金」31号/横浜市)、「馬を見に」田村加寿子(「かいだん」56号/小金井市)、「冬の虹」平沢ゆうこ(「文藝岩手」46号/盛岡市)、「八月のゆくえ」岸田淳子(「ルーチェ」創刊号/四日市市)、「遠い タブー」井筒みき(「茜」23号/横浜市)、「こどもの一分」野上周(「YPSILON」17号/三島市)
ベスト5は、「過ぎゆく日々の向うで」中嶋英二、「倩女離魂」高安修蔵、「馬を見に」田村加寿子、「菜の花ほどの」吉田典子、「遠い タブー」井筒みき。(「文芸同人誌案内・掲示板」よこいさんまとめより)

| | コメント (0)

2007年9月 9日 (日)

台風9号の後、多摩川ホームレス小屋の再建が始まる

台風9号の後、多摩川ホームレス小屋の再建が始まる=東京・大田区

| | コメント (0)

2007年9月 8日 (土)

台風9号と多摩川河川敷のホームレスたち

台風9号で、多摩川の河川敷が濁流にのまれている。

多摩川河川敷の水没必然地域の予見が言的中。昨年暮れから今年のはじめに見たホームレス?のマイホームがすべて水没してしまった。参考=風流な六郷川のリバーサイド
ハウス。

自由への希求と生々流転の生活は紙一重なのかもしれない。

| | コメント (0)

2007年9月 6日 (木)

同人誌「奏」14号2007夏(静岡市)

【「春、浅く」小森新】
ドイツ文学の影響を受けた槲木という詩人青年が、若くして交通事故死する。その青年と友情をもって交際していた後輩が、詩人青年の恋人らしき女性に、交流の過程を、手紙にして語るという構成。ちょっと堀辰雄を思わせるような文体で、文学的雰囲気があって、楽しめる。槲木青年の自らの詩才への疑問や、生活と詩精神の齟齬など、いまの人はあまり深く考えないような問題意識を盛り込んであるのが、内容を引き立てている。そして、終章で、槲木青年の交通事故死が、懊悩の末の自死ではないかと思い巡らすとこで終る。ゲーテ、リルケ、カロッサなどが組み込まれているが、ゲーテならゲーテ、リルケならリルケと傾倒するものを限定したほうが良かったのでは、なにを追求して悩んでいたのか、散漫でわからないのが結局、青春文学として作品を甘くしている。
【「芹沢光治良『塩壷』論」勝呂奏】
芹沢光治良については良く知らない。ただ、三木清全集(岩波)に文芸時評をしたのを収録していて、そこで有望な若手作家のなか芹沢の名を挙げていたのを覚えていて、長寿な作家としか頭になかった。この評論を読んで、当時なぜ三木清が取り上げたのかが推察でき、興味深かった。彼の作品専門の読書の会があるのも知らなかった。宗教的色彩の強い作家なのだろうか。
【「森内俊雄『短編歳時記』ノート」勝呂奏】
作品のなかに宗教的な幻視を取り入れる作家という印象のある森内俊雄であるが、俳句に関心があるとは、知らなかった。知らないことばかりで、これも面白かった。
「奏」発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、発行人=勝呂奏。

| | コメント (0)

2007年9月 5日 (水)

同人誌「安藝文学」第75号(広島市)

【随筆「墓碑銘」望月雅子】
江藤淳「漱石とその時代」、田宮虎彦「愛のかたみ」、原口統三「二十歳のエチュード」、清岡卓行「『海の瞳』-原口統三を求めて」。これらの作者と対象作品を、それぞれの死に方を検証しながら、評論をする。常に師と向き合った姿勢が、緊張感をもって、読ませる。
【随筆「丹下左膳」山本明美】
林不亡の「丹下左膳」の「乾雲坤竜」の巻と「こけ猿」との筆致の違いを、大河内伝次郎の映画との印象を交えて、評論する。懐かしくも、娯楽の中に哀愁のあった時代を思い出す。
【「日本語の空間」(六)文沢隆一】平安時代の竹取物語から、源氏物語、伊勢物語の特長を、わかりやすく例を上げて解説している。まるで大学の授業の教科書かとおもうほど、興味をそそって解説されており、本当に面白く勉強になった。
安藝文学同人会事務局=〒732-0002広島市東区戸坂山根2-10-25.

| | コメント (0)

2007年9月 4日 (火)

小泉今日子の書評・江国香織「がらくた」(新潮社)

「自分が自分であることを確かめられるものはなんにもないのかもしれない。そんなことを考えて少し不安になった。自分の体に思い切り鼻を押し付けて、その匂いを嗅いで確かめたくなるような小説だった」。「世代の違う3人の女たちが海外のリゾートホテルで出会う。45歳の柊子。その母親で74歳の桐子さん、そして15歳の美海。柊子は毎朝海辺で見掛ける美海に興味を抱く。その理由を桐子さんはこう分析する。<子供と大人の中間で、あんたが失ったものと手に入れたものを両方持っていて。いましかないっていう種類の生命力があるから>。その一過性の輝きは、過ぎてしまった者にとって、すごく眩しい光なのだろう。私は柊子と同じように、美海がヘッドホンで聴いている音楽が何なのか知りたくなったし、彼女が口にしたピーター・スピアという作家の本を読んでみたくなった。彼女のことを知ることで、失ってしまったなにかを取り戻せるような気がしてしまう。」と書く。(読売新聞9月2日付)

金剛経に「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」というものがあるが、これは、平凡な、これといって輝かない日常から、脱出しようとする女心の揺らぎなんでしょうか。毎日が輝かないといけないという決まりはないのだが・・。

| | コメント (0)

2007年9月 3日 (月)

「第42回北日本文学賞」公募・9月30日締め切り

 北日本文学賞は初代選者に丹羽文雄氏を招き、昭和41年に創設。第3回から井上靖氏、第26回から富山ゆかりの宮本輝氏を選者に迎え、短編小説の登竜門として定着しています。昨年は国内外から1210編の応募がありました。
賞=入賞 1編 正賞・記念牌、副賞・100万円
選奨=2編以内 記念牌、副賞・1編30万円
応募規定=題材 自由。未発表作品に限ります。
枚数=400字詰め原稿用紙30枚(ワープロ原稿は20字20行打ちで30枚)。
筆名は自由。原稿に表紙を1枚付け、郵便番号と住所、氏名、年齢、職業、電話番号、略歴を明記。原稿は折らずに右肩をひもでとじてください。締め切り=平成19年9月30日(当日消印有効)
あて先 〒930-0094 富山市安住町2ノ14 北日本新聞社文化部「北日本文学賞係」。発表 平成20年1月1日の北日本新聞朝刊。おことわり 応募原稿は返却しません。入賞、選奨作品の著作権は本社が所有します。インターネット、電子メールによる応募は受け付けません。不明な点があれば北日本新聞社「北日本文学賞係」までお問い合わせください。電話 : 076(445)3449 。FAX : 076(445)3366。Eメール=knps-hen@kitanippon.co.jp

| | コメント (0)

中部ペンクラブ文学賞は、遠藤さんに

第20回中部ペンクラブ文学賞は、遠藤昭己(えんどう あきみ)さん「梨の消息」(「海」74号掲載)に決まった。受賞作は雑誌「中部ぺん」14号に掲載。
遠藤さんは、1941年生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、東京で編集者として出版社に勤務。1996年に定年退職後、遠ざかっていた文学活動を再開。1997年に伊東静雄賞を受賞。九州の詩誌「河」、三重県の詩誌「鳶」に参加ののち、04年「宇宙詩人」創刊に参加。06年より四日市の文芸同人誌「海」の同人となり、74号に小説「梨の消息」、07年の75号に小説「通り雨」を発表。現在、いなべ市で神社宮司をつとめる。

「中部ぺん」には、座談会「戦後文学再検討」が連載され14号で、第3回を重ねる。今回は島尾敏雄の「死の棘」が対象。書く者の立場から密度の濃い論議が展開されている。

| | コメント (0)

2007年9月 2日 (日)

文芸時評・8月=沼野充義(毎日新聞)

《対象作品》松浦寿輝「川の光」(読売新聞)/円城塔「Boy‘s Surface」(S-Fマガジ)9月号)/津村記久子「カソウスキの行方」(群像)/宮崎誉子「欠落」(新潮)/SF特集(「文学」7・8月号、岩波書店)/吉田健一没後20年特集(文学界)/受賞記念対談=諏訪哲史&谷川渥(群像)。

| | コメント (0)

2007年9月 1日 (土)

菊池寛「日本文学案内」必読の書(20)

 明治時代から現代まで
シング(E. J. Milington Synge 1871-1909)
 ジョージ・ムーアは「凡てのアイルランド文芸復興はイエイツに創まり、イエイツに終る」と言っている。これはシング及び他の若き劇作家達の出世を見ない前の言葉であろう。でないとするとムーアの言葉は愚かしい。いかにもアイルランド文芸復興の創始者はイエイツである。然し只それだけである。
 芸術的にはシングの創作は、イエイツの夫に対する反抗である。シング以前イエイツやエイ・イーの戯曲に出るアイルランドの百姓は常に恍惚裡に在って霧を常食とする神仙の徒であった。シングはイエイツ等が、愛重したかかる人間ならぬ煙の様な人物を充分に軽蔑した。シングはイエイツ一流の幻影的戯曲に対して自然主義的なる反抗の叫びを挙げたのである。如何にもシングをして劇作の筆を取らしめたのはイエイツである。然しイエイツの影響は只その一点に止まっている。人生及び芸術に対するイエイツの叙情詩的な解釈の外にシングが人生を戯曲的に解釈する余地は宏大無辺であったのである。
 シングの劇作のイエイツ一派に対する反抗であると同時に、二つには戯曲上の道程偏重に対する反抗であった。「放浪鋳掛屋の結婚式」の序文に於てシングはこんなことを云っている。「私達が芝居を見に行くのは化学者の所や標本室に行くような心持で行ってはならない。私達は御馳走になりに行くような心持で行って好きなものを愉悦と興奮とで攝るのでなければならない。スペインでも、イギリスでもフランスでも戯曲が豊饒を極めた時は常にこうであった。戯曲の幼稚時代が衰退時代には決まって道徳的になるのだ ── 劇場が不快な問題の多くで一杯になるのだ。戯曲はシンフォニーと同じだ。何事をも教えなければ、何事をも証明するものではない。問題沢山の解剖や、教義沢山の教師達は直ぐ医師ゴーレンの処方箋のように古くさくなってしまうのだ、── イプセンやあのドイツの戯曲家を見給え。その好適例でないか。それに比べるとベン・ジョンスンやモリエールの佳い物は籬(まがき)に生うる黒いちごのように何時が来ても新鮮である。
 シングが自分の戯曲に対する考えを最も直截に現わしているものはplayboyの序文である。「舞台には真実がなければならぬ、それと同時に歓喜がなければならぬ。知的な近代劇が衰えたのも、音楽喜劇の歓喜に人が飽いたのも皆この為である」と。日本の現代の舞台に対してもこの事は或る点まで本当である。
「悲しみのテアドレ姫」は曰く“It should be a sweet thing to have what is best and richest, if it's for a short space only”と云っている。シングの華やかに豊穣なる創作時代もこの文句のように短かかった。それは1902年から彼が癌の一種で倒れる1909年迄しか続かなかった。然しこの足かけ8年の間はシングにとって絢爛たる時代であった。彼は創作家として人生を美化する限りなき歓喜を思う存分に味わうと同時にアベイ座の花形女優たるメイル・オニールとの恋に成功した。いわばこの女優の一身に於てシングの人間としての生活と創作家としての生活が結びつけられていた。何となれば彼女はシングの恋人であると共に舞台にあっては彼の劇中の女主人公を具体化することに努めていたから。1902年に創作を始めて同9年に「死と争うのは無駄なことだろうから」の一語を残して瞑目するまで、彼の創作は僅か6篇である。しかもこの6篇に彼の世界的の声明が依っている。
  「谷間の蔭にて」 一幕物/「海に乗り行く者」 一幕物/「聖者の泉」 三幕物/「西の国のプレイボーイ」 三幕物/「放浪鋳掛屋の結婚式」 二幕物/「悲しみのテアドレ姫」 三幕物
 彼は土民の言葉たるゲリック語を解しアラン島に渡り、親しくその地の風景習俗を叙した散文もある。また詩人としても彼の主張する人間的なものと野生的なものとの力強い叫びを看取することが出来る。

| | コメント (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »