「文芸中部」第75号・作品紹介(1)
【「電話」福富奈津子】
「私」の父親は早くに亡くなり、母親との二人暮らしの末、母は78歳でなくなっている。母と同い年で、いとこの滝乃さんは、現在97歳で健在である。そのタキノさんから今でも電話がかかってくる。そこからかこの出来事が、すこしずつ語られる。その記憶の掘り起こしのなかで、タキノさんが昔には「私」の父を愛しており、母親がそのことを察知して、交際を続けていたことがわかる。過去の情念の戦いを物語にしたもの。手法が、いわゆる朦朧小説の形式をとっており、中ほどまで読んでも、何が問題なのかわからない。本題を避けるように回り道をして、ある種の雰囲気を形成する。物語の振幅が小さいのだが、微妙なところで読ませる。もっとも、気の短い人には、退屈小説的によめるかもしれない。
【「いきるって」近藤許子】
夫を亡くし、長男をなくし、嫁は縁がなくなったと孫を連れて別居してする。「私」は、長女夫婦のところに身を寄せるが、肩身が狭く、友人の紹介で老人ホームに入ることを考える。実に現代的で浮世の哀しさを感じさせる。
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