「季刊遠近」第31号(東京)作品紹介(2)
【「異郷」藤野秀樹】
50代の「わたし」は、広島に在住の80代の両親のことが心配になり、故郷に帰ってみる。すると時代を経た故郷は、すっかり様変わりをして異郷のようになってしまっている。原爆被爆から、再開発建設による時代の変化を身にしみて感じさせる。両親の目を通してみる風景が茫洋としており、過去と現在の周囲の人々が渾然としている。穏やかな筆致で両親がたどってきた時間の中に、我々が失ったものがすべて含まれていること提示する。現代人のもつ喪失感と詠嘆を、散文で表現して行き届いている。
【「恋のいたずら」の木よしみ】故郷にいた、幼友達の尚子が30代の若さで亡くなる。主人公は別の幼馴染が好きだったが、その人はすでに結婚しており、失恋した主人公はいまだに独身である。尚子の葬儀のため帰郷すると、尚子から主人公への恋情を記した手紙を渡される。表現の手法的にみると、作者のテーマに対する表現の動機がそれほど強くなく、さらっと書き上げるつもりだったと思われる。しかし、流れが重い描き方をしたために、作者が疲れてしまって、話を早々と切り上げた節が見られる。意図と手法の食い違いはよくある。
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