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2007年5月22日 (火)

照葉樹」第3号(久留米市)作品紹介(3)

【「靄(もや)」水木怜】
気が弱く酒乱の夫に長年連れ添ってきた老妻の美佐子は、夫との荒れた時間を終えると、ひそかにテレビゲームの人生シュミレーションで夜を過ごす。屈辱にまみれた現実の人生のかわりに、意のままに夢を膨らませる事ができるゲームにひたるのである。この設定が、意外でありまた納得させる。そんな生活の中で、ただ1人の友人、松代との交際のなかで、自分が物忘れがひどく、病的段階である事を知らされる。美佐子が、自分が痴呆に入りかけていながら、それを否定する気持ちに切迫感がある。その後、痴呆がすすむ過程が美佐子の視点で描かれる。これも破綻がない。人生のパターンのうちでも底の部分で生きた美佐子の末期までが語れるが、死にかけた美佐子に暴力亭主が心配して声かけるところが、胸を打つ。美佐子のような人生がそれでも、ひとつの立派な人生の形であることを示しているように読めた。
 最近は、情報が発達して、巨大な富を築いた人や贅沢な洒落た生活ぶりがTVや雑誌で紹介される。いわゆる成功者の姿だが、見ていて何かゲームの世界の人のように見える。そして、現実は朝日が昇り、日にあたり、雨に傘をさしぬれた緑を見る。粗末でも飯とお茶があれば人生がすごせるのである。セカンドライフというゲームのネット遊びがあるそうだが、まさにこの小説の美佐子の浸った世界である。そういう意味で、この作品は奥が深い。
「鳴らない電話」では、短いせいか技巧力が目立ったが、これは内容と技巧が伴って、作者の力が充分発揮されている。

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