「孤帆」11号(小金井市)作品紹介
【「眠れぬ夜のためのゾンバノール~癒しのゾンビ映画ガイド~」塚田遼+奥端秀彰】
ゾンビ映画の解説であるが、実に面白い。語り口もなめらかで、諧謔性に満ち、この種の映画の面白く見る方法を教えてくれる。映画会社から賞をもらえるのではないと思うほどの名編のような気がする。読まないと損をするかもしれない。
【「ある夢想家の手記」沢村芳樹】
Aという人間の自己の性格と意思と自己存在感を思索した短い独白体の小説。根源的な問いは重要なので、テーマとしては重いのだが、Aという人間の思考の癖があり、それを意識的に提示していないので、興味深く読めた。しかし、Aそのものの思弁に深みが足りない。たとえば「仕事は月並みなデスクワークをやってきた」と表現するが、そういうデスクワークがあるのは驚きだし、「特徴のない人生をたどってきた」という。では、特徴のある人生ってどんなであると、そうなのか、とか、浮いた思考法が面白い。存在することの意味性の獲得ができないことの独白であろうが、物事は意味性もったり喪失したりすることの反復であるから、永遠に意味のあるものを探すのは簡単ではない。
【「ねこと部屋」淘山竜子】
休息のために仕事を辞めている智子という女性が主人公で、公園で拾った猫を獣医に見せたら、引き取る破目になり、引越しまで考える。その話の間に隆明という彼氏との別れを決意することなどが盛り込まれている。らくらくと、自由に、暢気に暮らせる若い女性の生活の一風景が丹念描かれている。女性に越えるべき山も峠もないため、小説もとくにヤマ場もなく、猫の心配をして過ごす。そういう時代なのだという雰囲気を提示している。この表現が、意味を持つときがあれば、意味を持ち、意味を持たない時期には埋もれて、見出してくれる時期を待つ作風に読める。短編ではあるが、かなり枚数を使って空気を伝えている。雰囲気小説というジャンルに入るかもしれない。この作者は「婦人文芸」にも作品を発表し、大河内昭爾氏に、意味がよく理解できないという趣旨の評をされていた。解らなくとも必要とあれば推察しようと思えばできるのであって、これは表現する雰囲気に興味がないという意味に受け取れる。興味を持つ読者に出会うまで待つか、興味を持たせるように表現するかの問題ではないだろうか。
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