「婦人文芸」83号作品紹介(4)
【「かげろう」音森れん】
知的な発達が遅れたまま大人になった元治という男。親が暮らしに困らない資産を残していってくれたが、亡き後にその資産を狙ってさまざまな人が現れる。一人の女性と結婚したが、妻に資産を持ち出されても、そうは思わない男。しかし、元治の周囲の人の彼を見る目はあたたかい。ひと昔前は、たしかにそうであった。弱者をいじめる者がいれば、それをたしなめる者の方が多かった。目先の効く抜け目なさを争う社会のなかで、鈍重ではあるが、一途な人間の心を描く。元治は、海難死をした息子に会いに嵐の海に沈んで行く。知恵者は死の恐怖におびえるが、元治の心は動じないようだ。作者の創作精神の進化も読み取れるところがある。
【「たったこれだけかよ」駒井朝】
中越地震の襲われた地域の人の同窓会の集まりの話。年々集る人がいなくなる。「たったこれだけかよ」は、その人数の少なさに発する言葉だが、人生への嘆きにも受取れる。
【「殺したい相手」淘山竜子】
専業主婦から地域で、ホームページ作成のIT事業を起業し社長をする美佳と、それを支援する大学同窓生の亜矢子。地域産業の零細企業の実態を背景に描き、商工会議所の富永という男が、亜矢子にセクハラ的行為をする話に重点が移る。ビジネス的には、富永を必要とすると考える亜矢子は、富永の行為を黙認する。しかし、富永の亜矢子に対する行為が、盗撮写真で暴露され、富永は社会的信用を失う。このようにストーリーを述べてもあまり意味をもたないのような、純文学的表現の技能的面白さが随所に感じられる。まぎれもなく現代のある種の平和のなかの精神的不協和が、描かれている。
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