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2007年1月31日 (水)

把瑠都と新入幕力士はいなかった

把瑠都で知られる大相撲「尾上部屋」で朝稽古を見せてくれるというので、早起きして駆けつけた。白石が十両昇進で「白乃波」となったという。把瑠都や新入幕の力士は姿を見せなかったが、稽古を見るのは面白い。新聞記者も来ていた。
「尾上部屋の近況」

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2007年1月27日 (土)

図書新聞・同人誌評対象作品(よこいさん提供)

「図書新聞」第2807号 2007年1月27日「同人誌時評」たかとう匡子筆
「蝦蟇がえる」通雅彦(「文学街」230号/杉並区)、「長い遺書」若林亮成(「時間と空間」58号/小金井市)、「愛しのパティシェ」島田勢津子(「黄色い潜水艦」46/奈良市)、「詩と小説断簡」西岡光秋(「日本未来派」214号/練馬区)、「小説のなかの犀星―我が愛する詩人の伝記・北原白秋」笠森勇(「花粉期」215号/市川市)、宗左近追悼号(「海」25号/柏市)、「腕を水平に広げて立つ」中岡諄一(「沈黙」33/国立市)、「シャンデリアの舞踏会場」彦坂美喜子(「驟雨」vol.7/直方市)、「ソネット形式による連作短歌」中村忠雄(「青銅時代」47号/新宿区)

よこいさんのブログ「重力と恩寵」リンク

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2007年1月19日 (金)

詩集「やわらかい旋律」著者 井手ひとみ・より

        
作品 「棒」を読んで       江 素瑛(投稿)

「棒」                  井出ひとみ
きっかけは何でもよかった/このたいくつな/ときをとめられるなら/なんでも/しよう//めもりのはいった/棒をのもう/きょうは一cmのもう/明日は二cmのもう//曲芸のように/のんで/一m五十七cmのんだら//わたしは棒になる//細長い/墓標になろう/一cmきざみに/線のはいった/なんでもない/白木の/棒になろう/なまえのない/一本の/棒になって/地面に/直立する

 井出さんとは、二回ほどお目にかかっている。最初の出会いは、彼女が、「詩と思想」誌に映像時評を書くために、映画を見に行くところであったようです。後でわかったのです。バス亭で私の後ろに並んでいる彼女は、私の落としたメモ用紙を拾ってくれたのです。どうして名刺を渡したのか、第一は、なにか書いていると伺ったことからのように思う。第二は、女性だから、婦人科医は役立つことがあれば、と。しかし、何か記憶に残るものがありました。「詩と思想」詩人の新年会で二回目遇った時、お互いに驚きました。これは運命というものか。

美形で、柔らかい顔立ちの彼女ですが、その内に芯の強さを秘めていることが、この棒の詩に良くあらわしています。人の一生には沢山の退屈さに耐えなくてはならないことがあります。細長い棒のように意地を張って直立し、それに屈しない彼女の姿なのでしょうか。

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2007年1月15日 (月)

古書買取価格(品川区・ブックマート・07年1月)

▽単行本=北方謙三「血涙 新楊家将」(上・下)1200円/東野圭吾「使命と魂のリミット」600円/大道珠貴「蝶か蛾か」600円/カルロス・ゴーン「ゴーン・テキストビジネスの教科書」500円/絲山秋子「エスケイプ/アプセント」450円/村上春樹「はじめての文学 村上春樹」450円。

▽文庫=藤本ひとみ「皇帝ナポレオン」(上・下)600円/辻井喬「父の肖像」(上・下)400円/幸田真音日本国債オリジナル版」(上・下)400円/宮部みゆき「あかんべえ」(上・下)300円/野沢尚「烈火の月」250円。

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2007年1月13日 (土)

「構想」の崎村裕氏より作品紹介に反論

「構想」の崎村裕「煩悩障眼」のブログの作品紹介に、作者の崎村氏より反論がありました。以下、要旨は次の通り。

「小生の作について従来テーマについての説明がありすぎる、説明のない方がいいとの評がありましたので、『煩悩障眼』では、この逆をいった訳です。作者としては、新川重夫という人物に注目していただきたかった。人はお互いに全てを分かりあえなくても、何かひとつでも通ずるところがあれば共存共栄できるのだ、というのがテーマのつもりです。猫のはなしもありますが、重夫というのはとても義理堅い人だといった話が出てきます。アメリカが全てを自分と同じにしなければ気がすまない、同じでないものは敵だというのがイラク戦争ではないでしょうか。小説では主人公の「私」はこうしたことが分からないから知世子から離れていく。この離れていくのが、実は煩悩のなせる業なのだ、というのが、作者の狙いのつもりだったのです。小説というのは細部の書き込みが大事ですが、作者としては細部を読んで欲しかったと感じます」。

 というものでした。作者の主張と熱意に意義はありませんが、特に紹介ぶりを変更する必要もないように思えます。
 しかし、読者と作者との対話も悪くはありません。自作品のオピニオンとして、今後も掲載していきましょう。

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2007年1月10日 (水)

(株)新風書店・自分史情報紙=「マイ・ヒストリー」から

(株)新風書房の福山琢磨社長は、自分史発行の講師もしており、日経に連載コラムを執筆したり、今年は大阪学院大学の社会人講座「自分史」の講師もすることになっている。毎年一回発行する戦争体験の手記集「孫たちへの証言」は、19集にも及ぶ。この手記をもとにNHKテレビがETV特集「祖父の戦場を知る」を放送した。福山代表の発行する「自分史づくりの情報誌・My-History」70号には、そうした活動の報告とニュースがある。以前は、当会の「文芸研究月報」もニュース元になっていたが、いまは提供される側になった。
 
そのなかで、碧天舎について「出版ニュース」から得た記事をまとめている。それによると、倒産した自費出版会社「碧天舎」は、同業他社と同じように協力・共同出版の形態をとり、全国にある特約店300書店に2ヶ月間陳列し、売れ残りは同社の販売代行会社が全品を定価で購入する方式。出荷した本の8割は買い戻しになったという。これを書いた長岡義幸記者は「競業他社にくらべ、少なくとも流通との関係では、良心的な売り方をしていたといってもいい……」とする。

自費出版会社に関しては、批判もあるが、もともと、そんなに売れるわけがないから自費出版するので、それが売れたら普通の出版社の選別眼は節穴同然で、面目丸つぶれである。そういうところに市場をつくるのは、むずかしいのはたしか。
しかし、もしやという夢がないわけでもない。執筆してから本にするまでは、もしかして、売れるかも知れない、という夢がぐんぐん膨らむのであろう。夢を見る費用も含まれていると理解していれば、文化的貢献と印刷産業に貢献もすることだし、あまり否定的になれないものがある。

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2007年1月 9日 (火)

「構想」41号(長野県)=崎村裕「煩悩障眼」など

【「「煩悩障眼」崎村裕」】
 お寺の子に生まれた主人公が、小さい頃から他家に預けられ、地域で経を上げる手伝いをする。そこで知り合った娘と学生時代に恋仲になる。主人公は、別の女性に気持ちを移し、娘に冷たくする。すると、彼女が自殺をはかったことがわかる。
 冒頭で、浄土真宗に関する説明があるが、説明の必要性が不明。連載ものだろうと思う。ただ、宗教は説明してもはじまらず、主人公が信じているのか、いないのかを作中に示せばよいのではないだろうか。比較が適当かどうかはわからないが、新海氏の「曇り日の影」では、主人公はあきらかに信の境界を飛び越えており、信者であろうと推察できる。
 
 【「炎の卵球物体」佐々木敬裕】
毒キノコと食べられるキノコとの紛らわしさからくる、キノコ獲得法の話。小説かと思ったら、エッセイだったが、へえ、と思うが、面白い。


【「吾帰農せり」岡本みちお】
 サラリーマンをしていたが、定年退職し、亡き父の希んでいた農業をする。故郷で座禅と農家生活を語る。ブルベリーを栽培し、孫に喜ばれる。熊や狐、狸やイタチなどの害で殺生もする。蝶の話もあって面白い。この作者の登場は久しぶりのような気がする。記憶に残る作風である。

 【「魯迅の国民性批判と中国の現代(二)」古川双一】
 魯迅の生活、精神的の遍歴を語って、当時の中国人の民族性を明らかにしている。洞察よく、論旨一貫しており、説得力あり。勉強になった。
 
【「佳・第Ⅷ部」嶋田貴美子】
 長編なので、あらすじと、主人公の「佳」の本家と、嫁ぎ先の家系図があるのは、わかりやすい。主人公の「佳」が産んだ子が口元に障害があり、その母親としての苦悩と葛藤が本編のすべて。この部分の書き込みを自分は、あまり、好まない気持ちで読みはじめたが、いざ読んでみると、母親の心理と周辺との葛藤が見事に表現され、一気に読んでしまった。筆力に図抜けた才能を感じる。

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2007年1月 8日 (月)

「構想」41号(長野県)=藤田愛子「披露山中毒」など

【「披露山中毒」藤田愛子】
神奈川県逗子海岸ちかくに披露山公園がある。80歳という老齢の亜希が、独りマンション住まいをし、イケメン韓流スターのDVDを観て、時を過ごしている。同じマンションに、青年が住んでいて、彼との交流が心の潤いとなる。親切で優しい彼の勤め先は、地元の役所で、高齢者介護を担当していた、職業意識によるものではないかと、思わせる話。生活の中の心の抑揚を描いて巧み。

【「曇り日の影」新海輝雄】
いわゆる2号さんの子として生まれた主人公の、戦時中から戦後までに経験した、体験談のような形式をとりながら、青春の精神史を描く。学生を兵役に奔らすための官憲の意図的な摘発が行われた世相。それから、香具師の世界に入り、親切にしてくれたノダキの佳代子という女性が異母姉であることを知る。戦時下の異常な社会を背景に描き、味わいの濃い作品。読みようによっては、カフカの作風に照応するような読み方ができる。クリスチャンであることを示す表現も一味違ったものになっており、精神的な深みをもって読める。

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2007年1月 7日 (日)

同人誌「文学街」の02年2月

文芸研究月報の2002年2月号の作品紹介から。森啓夫主宰の「文学街」は月刊発行なので、発行ペースが早い。「日通文学」が、休刊になったので、月刊同人誌は「文学街」だけなのかもしれない。また、崎村裕氏が松本道介氏と議論をしているが、松本教授のドイツ文学者としての経験を考慮に入れていない分、議論がかみ合っていない。さんざん西欧哲学と付き合ってきた人が、日本人として感じている精神的背景を考えると、表面的なことではすまないものを読むべきではないだろうか。

同人誌 「文学街」(東京都)47号/48号(2002年2月号より)
【「吉本隆明-もう一つの人生(1)」川端要壽(47号)/「同(2)48号】
 この作者は、吉本隆明氏とは旧くから友人で、同人誌作家といっても相撲の栃錦と親交があって「勤王横綱-陣幕久五郎」(河出書房)、「奇人横綱-男女ノ川」など多数の著書がある。小説だけが同人誌作家らしい。これらのことが読んでいくとわかる。とにかく今、最も乗っている同人誌作家で、どれを読んでも面白い。吉本が、福武書店の重役であった編集者の寺田博と組んで「海燕」に「マス・イメ-ジ論」を連載していた。ところが福武書店は、運営難であった柄谷行人が活躍する「批評空間」を引き受けることになった。吉本は柄谷がアメリカに行って以来、自分の批判者になっていると反発。連載を「マス・イメ-ジ論」の連載を止めてしまった経緯が書かれている。また、柔らかな筆づかいで、隆明と吉本バナナとの親子関係を浮き彫りにしており、興味が尽きない。

【「座して滅びを待つしかないのだろうか-再び松本道介氏への疑問」崎村裕(47号)/対話=「私の〈思想的立場〉-再度、崎村裕氏の疑問に答える」松本道介(48号)】
 これは、誌上で崎村氏が「文學界」同人雑誌評担当の文芸評論家・松本道介氏の論評に疑問を投げ、松本氏が当誌に反論を寄せた。そこで、対話がくりひろげられているものらしい。
はじまりを知らないのだが、太平洋戦争に対する国民の姿勢と戦争裁判に関する両者の主張は、それぞれ興味深い。しかし、噛み合わない気もする。「運命論」というのは、予感であったり、既に反省したりした結果の情動的主観である。客観的必然論ではない。善悪正誤を超越し、反省しようがないというのは分かる。なぜなら、それは日本列島及び日本民族をまとめて一つの人格になぞらえた、存在了解のスタイルであるからだ。これは個人が自己の存在を自覚し了解する態度と、すみやかに連結できる。

松本氏の、日本民族としての特性に自己の存在を重ねる方向は、論理的必然であろう。私はこれが、日本の国が人格的象徴として天皇を包含してき特性にも重なるとみる。片や、崎村氏の過去から未来を展望し、よりよい選択をすべきだという客観的分析からすると、善悪正誤はあるし、反省する余地は大いにある。しかし、同じ土俵ではないような気がする。
崎村氏は、そのように客観的に反省した結果、日本人として自己の存在をどのように把握していくのか。その問題に論及すれば、対話は成立するのではないだろうか。松本道介氏は、この対話を踏まえて雑誌「季刊文科」21号に「私の〈思想的立場〉」という論を発表するというので注目したい。著書「視点」と同様、安易な大勢追随主義に一太刀があるのかも知れない。

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2007年1月 5日 (金)

 「零文学」第4号(東京)=小野里敬裕の評論など


【評論「沖縄小説について」小野里敬裕】1972年に本土復帰をし、その後の万博など政治的経済政策により、沖縄の地域的風土と文学の関係を検証したもの。政府による沖縄の文化の顕彰には、常に政策的な意図が含まれることが、如実に表れるものがある。短くはあるが、労作である。更なる続編があるらしい。その中に、米国の沖縄への見方の変化、基地移転問題と日本政府との交渉過程なども時系列に並べてみたら、より一般性をもつのではないか、とも思う。

【「over the rainbow」君島有純】子連れ離婚経験者同士の恋愛から結婚への経緯を女性の視点で描く。黒部に旅行しながら、回想を交えて、黒部風景と、迷いとまどう主人公の心境を重ね合わせて物語る。地味だが、双方の親子関係を念頭にいれた恋愛なので、恋愛小説というより人生小説に読めるのがミソか。結構複雑な情念を、バランスよく表現している分、突っ込みが不足も感じるが、短いので調和を重視したのかも。風景の清涼感がよく出ている。

【「東京」大水由紀】東京の大学生活の雰囲気を描いたもの。視点の移動で、それぞれの学生背活を書き分けようとしたらしい。よくわからないままでも、とにかく全員が納得してしまうラストが可笑しい。

【「11:59→0:00」加藤小判】彼氏の誕生日祝いのメールを打って着信するまでの時間に、何人かの人の意識を通り抜ける? のかな。思いつきが面白い。表現する内容が小さいときは、こういう表現技術優先の作品を試すのもいいかも知れない。

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2007年1月 4日 (木)

作家・吉村昭は自然死であった。「季刊文科」36号から

 作家・吉村昭が亡くなったので、急遽、追悼号としたためか、非常に厚みのあるものになっている。
対談が吉村夫人の津村節子氏と大河内昭爾氏の対談。吉村昭が亡くなると、新聞メディアが尊厳死をしたと大きく報道し、津村氏はもとより、大河内氏にまで取材にきたという。大河内氏は身体を壊して入院していて、お二人ともひどく体重が減ったとある。
 ここで、吉村昭氏の死が、尊厳死だとか自殺だとか報道されて、迷惑したことが語れている。
吉村昭氏が、自分で点滴をはずしたことは事実らしい。しかし、それを尊厳死だとか自殺だとか称するのはたしかに変だ。
点滴は生命維持装置ではない。外したからすぐ死ぬようなことはない。同誌の追悼文で、医師・作家の加賀乙彦氏が、「吉村昭さんの見事な自然死」というタイトルにしたのもメディア報道を意識したものであろう。
とにかく、本誌36号は保存版としても貴重な号である。

本誌には作家・伊藤桂一氏が、「小説の書き出し『蛍の河』について」を寄稿している。40枚という短さで直木賞を受賞した作品についてである。
 この作品を作者自身が非常にうまくいった作品としている。ここに伊藤桂一氏の小説観があらわれている。つまり、作品にはつねにあるべき姿をしてなければならない、という小説観である。あれも良いがこれも良いといった、骨がどこにあるかわからないような小説観ではない。あるべき姿をしているか、という問いかけの視点は、他人の作者も自作品も同じレベルで問いかける。この姿勢は、教える方にも通じる。私が、伊藤教室で作品を提出したとき、伊藤先生は「きみ、これは二つのエピソードからなるが、どうも溶接の仕方が悪いね。僕なら、もっとうまく書けるよ」と言われた。先生にそういわれても、面食らうばかり。しかし、それじゃ、直す余地があり、うまく行けば先生並みの作品になるのかもと、いろいろ試したが、うまく行かず、放置してしまった。もし、自分に才能と努力する力があれば、きっといい作品になったのかも知れない。それも、伊藤桂一氏の師として、独自の小説観をもつことの表れのように思う。このように、つたない者であっても、小説の本質に引き寄せてくれる。

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