作品紹介「婦人文芸」82号(東京都)より
【「降らなかった雨に」福島弘子】
定年退職した夫が身の回りの品をまとめて家をでて、海辺のリゾートマンション住まいを始めてしまう。語り手の「私」は、一人孤独のなかで、夫との出会い場面や、結婚生活を回想する。その中で、夫が長い家庭生活において、雨にたたずむような心境があったのではないか、と思い当たる。そして、ある日、夫から海辺のリゾートに来ないかという、電話が来る。時代と生活が実感をもって描かれ、同世代には、身につまされるものがある。こういう身辺小説は、私小説とは限らないが、同人誌でないと読めないジャンルになってしまったなあ、と思う。
【「影絵」音森れん】
捨て子であった忠雄という男生涯を、同じ町の住人としての視点で描く。不幸の元に生まれ、生涯を他人に与えられた家族のために尽くして生きる男。人間の清純な一途な思いを、描いて胸を打たれるものがあった。「無法松の一生」よりも低い音声の悲しい人間の唄のようだ。
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