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2006年9月10日 (日)

文芸中部

同人誌「文芸中部」72号(東海市)発行日=060701

【「白い公園」十文字崇】

 「私」は息子夫婦と孫たちと同居しているが、妻を病気で亡くした後、孤独である。妻は趣味で書道をしており、初めて病気で倒れ救急車で運ばれたとき、そばに居たのは、玉木という同好の趣味仲間だった。その後、再び倒れ死に至るが、その直前にも玉木がいて、結果的に彼に介抱され死んだのであった。家族からの孤立と妻の心を他の男に奪われていた夫の独白で小説は展開する。読みはじめるとたちまち、「私」の瞑想的思弁に引き込まれる。小説の雰囲気作りが巧みで、まるで静かな音楽を生み出すような創作意識の高さが感じられる。これは自分の狭い嗜好なのかも知れないが、同人誌でこういうものを読めるとは、望外の幸せであった。

【「人形を抱く」朝岡明美】

 藤川裕美子の一家は、念願のマイホームを建て、引っ越してきたところ、隣に武田志乃という80歳の女性が独り住まいをしている。認知症になりかけているらしく、ゴミ捨てもきちんと日時を守れない。手助けしてなどしているうちに、家庭の事情が判ってくる。北海道にいる息子は50を過ぎていて、たまに志乃の様子を見に来る。その中で、志乃が孫のお守りをしていて、眼を離した隙に車に引かれて死なせてしまい、それがトラウマとなって、家族と疎遠になっていることがわかる。短編なのに裕美子の視点と志乃の視点とが移動しているのは、必然性に欠ける感じがする。

【「復活の花」西澤しのぶ】【「浄月庵」沼田景子】【「『わがイエス・キリスト』-ガン告知を受けて」井上武彦】

 3作とも、キリスト信仰との係わりから書かれているという共通点を持つ。そこでわかるのは、神は人それぞれに異なった顔で存在するということ。作者の心に存在する神は、その人だけのもので、一般人が共有できるものではないので、その表現法には難しいものあるということを感じた。

「文芸まるかじり」06年8月号より

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