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2006年8月31日 (木)

多摩川のヘラブナの穴場発見

 東京がオリンピックの国内候補に決まった。今の東京はバブルで膨張、崩壊で収縮という混乱現象が見られる。10年後はどうなっているか誰にもわからない。  多摩川のヘラブナ釣の河原に出ると、ビルが遠くになり都会の膨張力もここまで及ばないとほっとする。

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2006年8月29日 (火)

小説「NON」短編時代小説

締め切りは10月30日。

http://www.shodensha.co.jp/award/index.html

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2006年8月27日 (日)

「日通文学」作品紹介

同人誌 「日通文学」697号(東京)発行日=060801

【「夏巡る」豊田一郎】作者は全作家協会会長。戦後43年頃の話で、その時点から回顧される戦時中から戦後にかけてのエピソード。横浜の観覧車の夫婦で乗る主人公。終戦間際になって自殺とされた海兵隊員仲間の死は本当に自殺だったのか。夜の街で暮らす女の回想など、それが時代をよく表している。20年前に発表した作品だそうだが、筆力がともなって感傷を抜けた明快さがあり、少しも時代差を感じさせない。

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2006年8月26日 (土)

蒸し暑い日々

マックバーグを買うのに、人々は何時間働けばいいのか? という基準があって、東京人が10分間労賃でそれが出来る。これは世界最短時間で、アフリカのある国だと90分働かなければならないそうだ。それが豊かなのかどうか。

たまたま、霞が関に行ったら、出張牧場をやっていた。ウシが汗のしみを身体につけて、出演させらえていた。ブタも、人間の悲鳴そっくりの声でなく。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2368080/detail

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2006年8月25日 (金)

同人雑誌作品紹介

  「文―BUN」 2号(京都・立命館大学)発行日=060701

【「フォスフォレッセンス」高村綾】 三鷹市の桜上水ならぬ、玉川上水の近くに古本カフェがあって、もちろん太宰治の小説も置いてある。そこに常連になっている彼女がいる。店主の僕は、彼女の姿をみることに、喜びを感じるのである。作者お好みのフィクショナル設定らしく、筆はなめらかで、瑞々しく新鮮サラダの味わいがある。感性に成熟したものも漂う。読む楽しみが味わえる極上短編である。

【「男の子を好きになったなら②」よりふじゆき】

 同性愛か、少年愛か、興味本位になりがちな題材を文芸的なポジションから外さないで描かれているのを感じる。感覚的にそうかもしれないと思わせられながら、面白く読める。

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2006年8月22日 (火)

重信被告の手紙、第2信をPJ記事に

重信女史が掌編小説を書くかも? 文芸大国日本ではある。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2351284/detail

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2006年8月21日 (月)

「BUN」2号 作品紹介

同人誌  「文―BUN」 2号(京都・立命館大学)発行日=060701

【「夏、故郷の海で」

河合利右衛門】青春時代。僕のメランコリーが語られている。明るい海と彼女が居て、贅沢なメランコリーである。梶井基次郎の「檸檬」とは全くかけ離れたところで、普通は退屈と憂鬱などあり得ない設定で、それが語れるのはすごい。だからそうしたのだろうけど、実にうまく纏まっている。

【「鴨川を越えろ!」菅原隆】

性的欲求に対する葛藤はーーー。で始まるのだが、主題は疎外感なのであろう。千差万別の嗜好性と切実性を訴求するのに、性的体験になぞらえたのは、必然であるかもしれない。しかも、切実さの故に語りの中に滑稽さがにじむのである。とすると、終わりの“その姿は滑稽という以外なにものでもなかった”は、重複した感じもするが、落としどころとして普通にも思える。これも掌編として巧い。みなさん、この長さが得意なのか、才気があるのか、とにかく安心して読める作品ばかりだ。

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2006年8月19日 (土)

同人誌・小冊子 作品紹介 (作者名敬称略)

「文―BUN2号(京都・立命館大学 発行日=060701

【「石への想い」村上哲太郎】予備校生である「僕」は、勉学にいそしむのであるが、それが唯一の社会との繋がりであると感じられる中で、次第にか、あるいは突然にも思える様子で「剥離」していく。自分の存在と人間全体の存在の卑小さと、捉え難さ。そして、あるとき下宿家に出現した石があった。社会的には成長することを求められ、その外面的証拠として学歴や職歴を示し、常に所属と状態を明らかにしていなければならない。それに較べ、無言でただ存在するだけの石の落ち着きは、どうだ。石になってみたい気もする。絶対的で純粋な存在への憧憬を語って、現在の自己を描く。共感できる掌編。同じ石でも古代からの巨石とか山中の巨岩が存在するのだが、ここでは掌中に入るほどの石ころであるところがミソで作者の現在を表現しているのかも知れない。何をもってどう語るかの基本が抑えられていて、地味ながらよい作品である。

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2006年8月17日 (木)

鶴樹の「肉体の変奏」-43-

「おお、どうしたんだ。ゴリラが変だぞ。博士、おとなしくさせろ」 鈴木が、あわてて叫んだ。モーリスが、由美をかばって、後ろにまわし、おれに銃口を向けた。どういうわけか。奴は由美にぞっこんらしい。

 椿博士は興奮に眼を光らせて、おれに言った。

「おい、銀太郎。この連中はわたしの研究を盗もうとしている。なに、かまうものか。こいつらを叩きつぶしてやれ。それ、いけ!」 おれは、しばし動かなかった。それから鈴木とモーリスを威嚇しながら、椿博士の喉に手を伸ばした。枯れ草より脆い椿博士の喉をしっかりと掴んだ。

「なにする。狂ったか。おまえ……」博士が苦しそうに、もがいた。

「おい、モーリス。博士を殺されたらまずい。 ゴリラを撃て。撃て!」と鈴木。

 ガーンという銃声が部屋に響き、脇腹に衝撃が走った。同時に、おれの腕に力が入り、椿博士の首の骨が砕けた感触が伝わった。彼の眼が飛び出し、鼻と口から血が吐き出た。

「くそ。博士を殺しちまったぞ。撃ち殺せ」

 鈴木は、自分も拳銃をかまえ、乱射してきた。胸に衝撃が走り、頬骨に弾丸が抜けた。左眼が見えなくなった。

 おれは両腕で顔をかばいながら、鈴木を追った。あわてた彼は、無駄撃ちをしすぎて、弾丸はもうなかった。そこで、外に逃げようと、玄関のドアの方へまわった。おれは、先回りしてドアの前に立ちふさがった。そして、鈴木を突き飛ばした。かれは大きな植木鉢にぶつかり、反動でもんどり打って床に倒れた。

 モーリスがそれを見て、発砲してきた。おれは今度は、モーリスに向かった。銃弾が腹と胸にめり込むのもかまわず、彼を腕で打ちのめした。床にふっとんだモーリスを見て、由美が悲鳴を上げた。全身がわなわなと震えている。

「やめて、殺さないで。誰も殺さないで。あなた、泰幸さんなんでしょう。あなたは、わたしのすることすべてを認めてくれたわ。誰よりも、わたしに優しかった。椿博士の言うことは、少しも当たっていないわ。お願いだから、もう一度わたしの言うことをきいて。これ以上誰も傷つけずに、逃げてちょうだい」

 おれは、脚を止めた。いつになく殊勝な言葉ではないか。由美がおれに望んだことの一つは、叶えてやれそうだった。血がおれの喉にあふれ、息苦しくなり、膝を折って、前にのめって倒れてしまったからだ。もう、誰とも戦えないし、傷つけることもない。だが、もう一つの逃げて欲しいという頼みはきいてやれそうもない。瞼の裏に暗い闇が広がりはじめたからだ。

                           (完)

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2006年8月16日 (水)

北一郎の同人誌・小出版 作品紹介(作者名敬称略)

 

 ◇◆◇◆◇◆  同人誌「遠近」(東京都)15号  ◇◆◇◆◇◆

【「銀の光芒」安西昌原】

太平洋戦争末期から戦後にかけての物語。語り手の私は弁護士。戦後の高校時代の担任教師が、娼婦を誤って殺害してしまい、その弁護を頼まれる。交流のなかで教師の告白が述べられていく。戦中に友人たちが兵役に狩りだされていくなかで、結核を患っていた教師は、兵役を免れ生き残るが、それが心に重くのしかかり、娼婦殺害の遠因となっていることを知る。さらに、亡くなった友人に、妹の保護を頼まれ、自分も恋をしていたその女性の自殺により、約束が守れなかった苦悩が語られる。教師は刑に服し、出所後、世間を彷徨するが、ついに鉄道自殺をしてしまう。私は、学校の同窓会名簿から教師の名が、抹消されていることを知り、やりきれない気持になるところで終る。全編に昭和10年代から20年代の時代的悪さを告発する姿勢は一貫している。登場人物と共に、作者自身もまた悪い時代をくぐりぬけてきたのだという印象が強く残った。

「文芸時事月報」平成13年6月号、同人雑誌作品紹介

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2006年8月15日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-43-

 おれは、椿博士をみつめた。だぶついた白衣に、前かがみになった姿勢。小刻みにふるえる身体。血管の浮きでた皺だらけの腕。最高の頭脳を自負する。最低の肉体。どんなに知能を誇ろうとも、頭脳もまた肉体の一部なのだ。椿博士は、あまりにも頭脳や知能を買いかぶり過ぎてはいないか? 老いぼれて、憂欝病にとりつかれたその姿は、何かに復讐された邪悪な動物のようだ。

 たしかに、人間でいるときのおれは、ろくな奴ではなかったかも知れない。だが、無意味、無価値とは思わない。おれが役立たずな人間だとしても、大きなお世話だ。それこそ、おれはお前らの注文でつくられた料理ではないのだ。他人の道具でもない。お前らの都合にあわせて、価値を決められてたまるか。エリート面もいいかげんにしろ。おれが、この世に生まれた意味や価値など誰にもわからない。分からないでいいのだ。しかも、そんな奴だって何百年も生きて、この世に迷惑をかけるわけではない。いずれは自然の摂理で土に埋められる運命なのだ。そんなはかないものに価値づけをしたからといって、どうなるものか。おれの全身の血が駆けめぐり、そう叫んでいた。

 デラ夫人だってきっと、それまでの研究者としての人生をゴリラになってまで続けたいとは思っていなかったのではないか。椿博士はこうした人間の気持ちが判らない。奴が何に苦しもうが、おれの知ったことか。死ぬまで憂欝症に苦しんだらいいのだ。当然の報いだ。

 そう考えると、腹の底から怒りが込み上げてきた。突然、喉が震えた。咆吼が出た。知らず胸をたたき、ポコポコというドラミングをしていた。

「おお、どうしたんだ。ゴリラが変だぞ。博士、おとなしくさせろ」 鈴木が、あわてて叫んだ。モーリスが、由美をかばって、後ろにまわし、おれに銃口を向けた。どういうわけか。奴は由美にぞっこんらしい。

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2006年8月12日 (土)

鶴樹の「肉体の変奏」-42-

「デラ夫人が死んだ? どういうことだ。召し使いをつくるほど、準備をしていたのに」

 椿博士はファイルの頁を繰ると、そのなかからワープロで打った英語のメモを示した。

 鈴木はそれに眼をやった。

「なんだ? これは遺書じゃないか」

「なんて書いてあるの? 」と由美。

 鈴木がそれを読み上げた。

「私は、自分の意思で、死を選ぶ、そういう意味だ。要するに、自分が死んだのは、事故や不注意ではなく、自殺であるというメッセージだ。なんでだろうな。彼女は飛び降り自殺でもしたのか?」

「いや、二月の渓流に身を投じて、凍死していたのだ」椿博士の声は悲嘆に暮れ、押し潰されていた。

「理由は?」

「わからん。わからんのだ」吐き捨てるように博士が答えた。

「変だな。デラ夫人はあなたの頭脳交換手術法を成功に導き、それを自ら確認し検証できたはずだ。これから、どれだけその応用技術が発達させられるか、無限の可能性がある。素人のわたしにだって、そのくらいは判る」

「そうなのだ。それなのに彼女は、手術後わたしの呼びかけを無視し、瞑想にふけるようになった。その姿には威厳がないでもなかったが、それでは本当のゴリラそのものだ。わたしは、手術がどこかで失敗し、デラの知能が破壊されてしまったのだと思った。

 だが、実際はデラは何かの考えにとりつかれ、沈黙を押し通していたらしい。そして、自殺したのだ。自分で発明した第二の生命を否定したのだ。すべてが無に帰する結果を選んでしまった」博士は今にも泣きだしそうになり、息をついた。「そんなことはすべきではなかった。そうではないかね? それは、営々として築いてきた、わたしの研究に対する裏切り行為なのだ」

 話しているうちに、悲しみが憤りに変わったようだ。

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2006年8月10日 (木)

鶴樹の「肉体の変奏」-41-

「何を言っているの……? あの人がゴミのように無価値だとでもいうの。あんた、おかしいわよ。気がつかなかったわ。このじいさん、おかしいわよ。ぼけているの?……」

 由美が叫んだ。

「うるさい。この博士の言うことは一理ある。おい、モーリス。この女を黙らせろ」鈴木が苛立って言った。

「事のいきさつは判った。それじゃ、博士よ、最高の頭脳をもったゴリラ、デラ夫人に会わせてもらおうか。彼女は何処に居るのだ? もうそろそろトラックが来る頃だ。それを使って皆を移動させる」

「そうはいかない。彼女は死んだよ。頭脳交換の技術は、門外不出だ。オードリン博士がこの資料を入手しても、われわれのレベルに達するには4、5年はかかるだろうな。肝心なところは、わたしの頭の中にある。彼の動機は不純だ。見そこなっていたよ」椿博士は、急に不機嫌になった。

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2006年8月 9日 (水)

印刷した会報の最終号を発送

今日、会報「文芸まるかじり」8月号を発送します。

なお、会員数の減少により、本号をもって、印刷媒体の会報は発行を終了します。

文芸同志会の情報交換などの活動は継続し、公表可能なものは、本通信欄に掲載します。

同人誌作品紹介も本欄で行いますが、内容は従来の内輪のものとは異なり、いわゆるオブラートテイストになると思います。

また、遠隔地において、同志会活動に参加できず会報読者の会員には、会費を返却します。整理に時間がかかりますが、〒小為替にて手続きをします。しばらくお待ちください。

また、今後。、会報を作成した場合は、単発販売とします。内容も販売可能なものに限定し、転載情報は使用しません。

会費は徴収しません。

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2006年8月 7日 (月)

鶴樹の「肉体の変奏」-40-

「聞こえは悪いが、そんなところだ。生田目という男は、ほかの病院をタライまわしにされて、死んで運ばれてきたのだ。わたし以外に誰も彼を助けようとはしなかった。いや、ほかの医師では助けられなかつたろう。かれの生命はわたしのものだ。捨てられた物を拾ったのだ。だいいち、彼がこの世に居なくなって、誰が困るというのかね」

博士は唇を醜くゆがめて、苦笑いをした。

「この男は、金のあるのが取り柄の俗物だ。高級車を乗りまわすしか他に能がないのだ。女をかかえて、威張りくさって、高いレストランに出入りする。なぜ食事をするのに、高いレストランでなければならないのか。理由は言うまでもない。金の価値が、本人の価値だと他人が錯覚してくれるのを、期待しているのだ。無理もない。実際、世間というものは、額に札束を貼り付けて歩く人間を尊敬するからね」

 そこで博士は、復讐心が満たされたような表情になった。

「そうではないかね。生田目君の元夫人。あなた彼に金があったから結婚した。その彼は、遺産目当ての親族からは、死ぬことを望まれているだけの人間だったのだろう。実にこの世界には、そんなやつが、掃いて捨てるほどいる。彼はまったく無意味な連中のひとりだった。……それにくらべて、私の家内はどうだ。デラは世界でたった一人の、かけがえのない存在だ。彼女の頭脳とひらめきは、人類の財産なのだ。生田目君はかつては無価値な人間の肉体だったが、デラの存在を支えることで、人類科学の向上に貢献できるはずだった。その当時より、今のほうがよっぽど人間的で、尊厳のある生活をしているのだ」

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2006年8月 5日 (土)

鶴樹の「肉体の変奏」-39-

「では、マダム・クレバーは今どこに? まさか、森のなかで自活しているわけでもないだろうに……」

 鈴木が、けげんそうに尋ねた。

「そうだったらいいのだがな」博士はため息をついた。

「その後、移植に成功したことはしたのだが、手術の後のデラは体調がすぐれず、拒絶反応制御薬の副作用に悩まされていたのだ。……。しばらくは介護する者が必要だ。わたしはもう歳をとりすぎていて、それが充分できない。彼女は体重が百キロ近いのだ。また、場合によれば、彼女を残して、わたしが死んでしまうかも知れない。それも心配だった。……その頃、近くで自動車事故が起きた。三十歳代の若い男が、救急車で運ばれてきた。その時はショック状態で心臓が止まっていた。死んでいたのだ。ところが、わたしの蘇生治療で、偶然というか、奇跡的というか、とにかく生命はとりとめた。……そこへ、たまたま君たちがゴリラの密輸入に使った業者が、雄のゴリラを売り込んできた。そこで、決断したのだ。デラのために、護衛というか、共生というか、協力し合えるゴリラをつくろうとな」

「それじゃ何よ。泰幸さんをゴリラにしたのは、メスゴリラの召し使いにしようとしたわけ?」

 由美が悲痛な声を上げた。

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2006年8月 3日 (木)

鶴樹の「肉体の変奏」-38-

         10

 ところが、それにまして驚いたのは、背景になっている部屋のことだった。がらんとしたフローリングの部屋。椅子のない机が隅にある。その上にはワープロが置いてある。それは、いまおれが使っている三階の部屋そのものだ。写真の日付を見ると、六月から七月にかけての時期だ。

「それ、どこにあった? 紛失してしまっていた。それで探していたのだ」

 椿博士は重くなった口をやっと開いた。博士は習慣で、書き上げた書類を次々と積上げる。さらに、その上に物を置く。そんなことだから、いつも探し物をしている始末だ。これも書類の間に落とし込み、見付けられなくなっていたのだろう。

「これは、家内のデラなのだ」

 と、愛しげに写真を指でなでた。

「ほんとうに聡明な女だった。科学者としても、わたしより優れていたくらいだ」博士は声をつまらせていた。

「ということは? やっぱり、そうか。オードリン博士の見ぬいたように、頭脳交換はとっくに成功させていたのだな」

 鈴木が感嘆したように声を上げた。

「いまさら、嘘はいわんよ。われわれ夫婦は、細胞の遺伝子と免疫特性をマッチングさせる細胞融合法を発見した。家内がアイディアをつくり、わたしが実用化させた。それまでは、わたしの着眼で実験をしていたのだが、ことごとく失敗していた。そうした行きづまりを打開する発想力はデラは天才的だった。生物学者であった彼女は、わたしの助手として忠実なあまり、その優れた才能に、自分でも気づかなかったのだ。

 彼女はその頭脳に多くの可能性を残しながら、肉体を癌に侵されてしまった。もうすこし期間があれば、癌細胞など撃退できるのが判っていながら、実用化が間に合わなかったのだ。……とにかく、わたしは彼女の心と彼女の頭脳を愛した。失うにはあまりにも惜しかった。デラの病状が最悪の事態になったとき、わたしは、彼女の肉体を諦め、そのかわりあなた方が、支給してくれたマダム・クレバーという牝ゴリラに頭脳を移植したのだ。彼女の研究が、その優れた頭脳をこの世に残したのだ。それはまさに私達の研究の勝利だった」

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2006年8月 1日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-38-

 鈴木の額には汗が吹きでていた。あれこれ、戸棚をさぐっていたらしい。

「思ったとおり、訳のわからない資料がわんさとあるぞ。さっきトラックを手配しておいた。全部積み込め」鈴木はモーリスに命じた。「全部を、か?」モーリスが訊いた。

「そうだ。道具でもなんでも、できる限りオードリン博士にわたすんだ。向こうは、専門家だ。いらなきゃ捨てればいい。おい、それから、椿博士をよく見張っていろよ。……とんでもない、じいさんだ。洞穴に人骨がごろごろしてやがる。幾人、実験で殺しているかわかりゃしない。頭がおかしいのかも知れんぞ」

「へえ、そりゃ、ゴリラの骨じゃないのか」

「ばか。骨の大きさがちがうわ。おれだって、そのくらいわかる。だいち、ゴリラの骨は隣の穴にきちんと整理して、分別してあるんだ」

 いやに、長く居たと思っていたら、相当丁寧に地下を調べていたらしい。そのことはおれも気付かなかった。

 由美は、ソファに腰掛けて、ファイルのベージを繰って、じっくり見比べている。ときどき顔を上げ、おれの方を見、またファイルに眼をおとす。気分が悪いのかハンカチを口元にもっていったりする。

「あった。これだわ」由美がファイルの一頁を見て叫んだ。

「あったか。そら見ろ。ひとの言うことを信じないやつだな。これで判ったろう」

 おれは由美の頭越しに、そのファイルを覗いて見た。由美は興奮で手がふるえており、おれのことは眼中になかった。

 ファイルにあるのは、おれが手術台にのせられている写真だった。日付が十月五日から、日を経て記録されている。上からや、横から写したのなど、十数枚。いずれの写真も裸体である。胸や肩に黒い痣や、切り傷があるが、手や脚は普通に付いている。それが、赤いマーカーで、首から下の胴体を分断する線を引いた写真にかわる。あと、まるでマネキンを分解するように、切り離されていくおれの肢体―。悪魔の仕業というしかない。

「どうしてこの状態の泰幸さんが、あんな首だけの、姿になってしまったの?」

 由美が、半信半疑の様子で椿博士に訊く。

「これには世間には判ってもらえない事情があるんだ……」

 椿博士はむっつりした顔で、それしか言わない。

「こっちの写真は、ゴリラだ。これはここにいるゴリラより小さいようだぞ。何だね。これは?」

 鈴木が、別のファイルを博士につきつけた。博士はしばし無言でそれを見つめていた。確かにそこには一頭のゴリラが、幾枚も写されていた。ゴリラはいかにも、もの悲しげ天を仰いだり、力なく、うなだれたりしている。壁に向いて寝転び、顔だけカメラに向いたのもある。うらめしげな、その眼。どの姿態からも苦悩する心情が滲み出ていた。このゴリラ、まちがいなく人間の心を持っていると思えた。

 だが、それは鈴木の言ったように、おれではない。小柄だし、背中に銀色のシルバーバックもない。おそらく牝のゴリラだろう。

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