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2006年8月17日 (木)

鶴樹の「肉体の変奏」-43-

「おお、どうしたんだ。ゴリラが変だぞ。博士、おとなしくさせろ」 鈴木が、あわてて叫んだ。モーリスが、由美をかばって、後ろにまわし、おれに銃口を向けた。どういうわけか。奴は由美にぞっこんらしい。

 椿博士は興奮に眼を光らせて、おれに言った。

「おい、銀太郎。この連中はわたしの研究を盗もうとしている。なに、かまうものか。こいつらを叩きつぶしてやれ。それ、いけ!」 おれは、しばし動かなかった。それから鈴木とモーリスを威嚇しながら、椿博士の喉に手を伸ばした。枯れ草より脆い椿博士の喉をしっかりと掴んだ。

「なにする。狂ったか。おまえ……」博士が苦しそうに、もがいた。

「おい、モーリス。博士を殺されたらまずい。 ゴリラを撃て。撃て!」と鈴木。

 ガーンという銃声が部屋に響き、脇腹に衝撃が走った。同時に、おれの腕に力が入り、椿博士の首の骨が砕けた感触が伝わった。彼の眼が飛び出し、鼻と口から血が吐き出た。

「くそ。博士を殺しちまったぞ。撃ち殺せ」

 鈴木は、自分も拳銃をかまえ、乱射してきた。胸に衝撃が走り、頬骨に弾丸が抜けた。左眼が見えなくなった。

 おれは両腕で顔をかばいながら、鈴木を追った。あわてた彼は、無駄撃ちをしすぎて、弾丸はもうなかった。そこで、外に逃げようと、玄関のドアの方へまわった。おれは、先回りしてドアの前に立ちふさがった。そして、鈴木を突き飛ばした。かれは大きな植木鉢にぶつかり、反動でもんどり打って床に倒れた。

 モーリスがそれを見て、発砲してきた。おれは今度は、モーリスに向かった。銃弾が腹と胸にめり込むのもかまわず、彼を腕で打ちのめした。床にふっとんだモーリスを見て、由美が悲鳴を上げた。全身がわなわなと震えている。

「やめて、殺さないで。誰も殺さないで。あなた、泰幸さんなんでしょう。あなたは、わたしのすることすべてを認めてくれたわ。誰よりも、わたしに優しかった。椿博士の言うことは、少しも当たっていないわ。お願いだから、もう一度わたしの言うことをきいて。これ以上誰も傷つけずに、逃げてちょうだい」

 おれは、脚を止めた。いつになく殊勝な言葉ではないか。由美がおれに望んだことの一つは、叶えてやれそうだった。血がおれの喉にあふれ、息苦しくなり、膝を折って、前にのめって倒れてしまったからだ。もう、誰とも戦えないし、傷つけることもない。だが、もう一つの逃げて欲しいという頼みはきいてやれそうもない。瞼の裏に暗い闇が広がりはじめたからだ。

                           (完)

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