鶴樹の「肉体の変奏」-42-
「デラ夫人が死んだ? どういうことだ。召し使いをつくるほど、準備をしていたのに」
椿博士はファイルの頁を繰ると、そのなかからワープロで打った英語のメモを示した。
鈴木はそれに眼をやった。
「なんだ? これは遺書じゃないか」
「なんて書いてあるの? 」と由美。
鈴木がそれを読み上げた。
「私は、自分の意思で、死を選ぶ、そういう意味だ。要するに、自分が死んだのは、事故や不注意ではなく、自殺であるというメッセージだ。なんでだろうな。彼女は飛び降り自殺でもしたのか?」
「いや、二月の渓流に身を投じて、凍死していたのだ」椿博士の声は悲嘆に暮れ、押し潰されていた。
「理由は?」
「わからん。わからんのだ」吐き捨てるように博士が答えた。
「変だな。デラ夫人はあなたの頭脳交換手術法を成功に導き、それを自ら確認し検証できたはずだ。これから、どれだけその応用技術が発達させられるか、無限の可能性がある。素人のわたしにだって、そのくらいは判る」
「そうなのだ。それなのに彼女は、手術後わたしの呼びかけを無視し、瞑想にふけるようになった。その姿には威厳がないでもなかったが、それでは本当のゴリラそのものだ。わたしは、手術がどこかで失敗し、デラの知能が破壊されてしまったのだと思った。
だが、実際はデラは何かの考えにとりつかれ、沈黙を押し通していたらしい。そして、自殺したのだ。自分で発明した第二の生命を否定したのだ。すべてが無に帰する結果を選んでしまった」博士は今にも泣きだしそうになり、息をついた。「そんなことはすべきではなかった。そうではないかね? それは、営々として築いてきた、わたしの研究に対する裏切り行為なのだ」
話しているうちに、悲しみが憤りに変わったようだ。
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