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2006年8月 1日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-38-

 鈴木の額には汗が吹きでていた。あれこれ、戸棚をさぐっていたらしい。

「思ったとおり、訳のわからない資料がわんさとあるぞ。さっきトラックを手配しておいた。全部積み込め」鈴木はモーリスに命じた。「全部を、か?」モーリスが訊いた。

「そうだ。道具でもなんでも、できる限りオードリン博士にわたすんだ。向こうは、専門家だ。いらなきゃ捨てればいい。おい、それから、椿博士をよく見張っていろよ。……とんでもない、じいさんだ。洞穴に人骨がごろごろしてやがる。幾人、実験で殺しているかわかりゃしない。頭がおかしいのかも知れんぞ」

「へえ、そりゃ、ゴリラの骨じゃないのか」

「ばか。骨の大きさがちがうわ。おれだって、そのくらいわかる。だいち、ゴリラの骨は隣の穴にきちんと整理して、分別してあるんだ」

 いやに、長く居たと思っていたら、相当丁寧に地下を調べていたらしい。そのことはおれも気付かなかった。

 由美は、ソファに腰掛けて、ファイルのベージを繰って、じっくり見比べている。ときどき顔を上げ、おれの方を見、またファイルに眼をおとす。気分が悪いのかハンカチを口元にもっていったりする。

「あった。これだわ」由美がファイルの一頁を見て叫んだ。

「あったか。そら見ろ。ひとの言うことを信じないやつだな。これで判ったろう」

 おれは由美の頭越しに、そのファイルを覗いて見た。由美は興奮で手がふるえており、おれのことは眼中になかった。

 ファイルにあるのは、おれが手術台にのせられている写真だった。日付が十月五日から、日を経て記録されている。上からや、横から写したのなど、十数枚。いずれの写真も裸体である。胸や肩に黒い痣や、切り傷があるが、手や脚は普通に付いている。それが、赤いマーカーで、首から下の胴体を分断する線を引いた写真にかわる。あと、まるでマネキンを分解するように、切り離されていくおれの肢体―。悪魔の仕業というしかない。

「どうしてこの状態の泰幸さんが、あんな首だけの、姿になってしまったの?」

 由美が、半信半疑の様子で椿博士に訊く。

「これには世間には判ってもらえない事情があるんだ……」

 椿博士はむっつりした顔で、それしか言わない。

「こっちの写真は、ゴリラだ。これはここにいるゴリラより小さいようだぞ。何だね。これは?」

 鈴木が、別のファイルを博士につきつけた。博士はしばし無言でそれを見つめていた。確かにそこには一頭のゴリラが、幾枚も写されていた。ゴリラはいかにも、もの悲しげ天を仰いだり、力なく、うなだれたりしている。壁に向いて寝転び、顔だけカメラに向いたのもある。うらめしげな、その眼。どの姿態からも苦悩する心情が滲み出ていた。このゴリラ、まちがいなく人間の心を持っていると思えた。

 だが、それは鈴木の言ったように、おれではない。小柄だし、背中に銀色のシルバーバックもない。おそらく牝のゴリラだろう。

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