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2006年7月28日 (金)

鶴樹の「肉体の変奏」-37-

「KQテレビ局が、銀太郎の特集を組むために、事前打合せをやりたい、と言ってきた。急ぐので今日の夕方に来るかも知れんと言ってたな」

「なんで、もっと強く断らないんだ。くそ、事を急ごう。モーリスその女をよこせ。地下室へ案内させるんだ」

「わたしだって、一、二度来ただけよ。でも、泰幸さんが、ゴリラになったなんて信じられない」

 鈴木は、由美の頭を小突き、引き立たせながら地下室へ入っていった。どうも、由美を殴ったのは、鈴木らしい。モーリスは見張りに残された。ちらちらと地下室への入口を見ている。由美のことを気にかけているのだろう。

 おれにしてみれば、奴らの銃の脅しなどは少しも怖くなかった。至近距離なら、腕の一振りで彼らの首根っこをへし折るのは簡単だ。だが、もっと彼らの情報が欲しかった。おれがこんな目に会っている裏には、どんな陰謀があるのか、知る権利がある。椿博士はおれに一面的なことしか教えてくれていない。

 由美と鈴木はおそらく、地下室のさらに下に部屋があるのを見つけるだろう。薬品収納戸棚の裏に階段があるのだ。椿博士もそう思っているらしく落ち着きがない。

 研究所のなかの騒ぎをよそに、窓の外にはのどかな春の陽が射しはじめていた。

 樹木の若葉が風に揺れ、光って見えた。

 ただでさえ眠気をもよおすような昼の光景であった。おれの頭の奥に、深い森の緑が蔽いかぶさってきた。眼の裏に濃い霧がまわりこみ、全身がそれにつつまれる。このところ昼間に一回は睡魔が襲ってくる。これは脳がゴリラの肉体に侵食されている兆候なのか。ふだんの時なら、睡魔に抵抗できず、意識は霧のなかに沈んでいくところだ。

 だが、今はそんな場合ではない。おれは、必死に眠気をこらえた。 鈴木が、地下室の階段から上がってきた。由美は厚いファイルを抱えて、後ろからついてきた。顔色が蒼ざめている。

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2006年7月27日 (木)

【作家の日記「山田風太郎が見た日本」】

051210NHKTVより「文芸まるかじり」05年1月号

平成13728日に79歳で亡くなった山田風太郎。17歳からの50年余にわたる日記を公開、1部を俳優・三国連太郎が風太郎を演じて再現。「60年安保・三島自決から昭和天皇まで」「鋭い批判の眼で戦後を切る」「家族に寄せる愛情」というタイトル。

日記は8月15日のみは空白である。医科大時代の学友、安西功医師は、そのとき決起しようかと風太郎たちと話し合ったという。時が過ぎ、戦後の復興で高度成長をする日本のエネルギーが、再び世界へ向うとなったらどうなるのか? と心配する。

東京オリンピックの祭典をTVで見て「雲一点もなき日本晴れ、誠に馬鹿げたことだが、至誠天に通ず、大日本は神国なり、なんて言葉が浮かぶ。これほど愛国心に燃えているのに、税務署から、さらに80万円支払えという……」収入の半分を取るなんてめちゃくちゃなり、と嘆く。以後、忍法帳のヒットで、新居を構える。4191日「……巨人が勝った、それがどうした? 面白い理小説を書いた、それがどうした? 金が入って大きな家に住んだ、それがどうしたんだ? ただ、それがどうしたのだと言い切れぬことがある……。このことのみが恐るべし……」。

「日本に再軍備はいらないのではないか。国家が軍備するのは、自分の国の文化体系を守ろうとするからである。ところが日本人は自国の文化を大事にせずに、他国の文化を崇拝するからだ」という主旨を述べている。三島の事件については、敗戦の次のショックとし、三島の死は、肉体の衰えを怖れたというより、本能の衰退をおそれ、憂国は死ぬために用いた方便であるとする。また、昭和天皇の病重く、葛湯を食すれば下血をする事態になると、昭和63104日「……飽食の日本で一天万乗の君は餓死に近い状態で死にゆき給う……」と記す。日記は平成5630日で終わる。取材協力=山田啓子、遼見富雄、原田裕、有本正彦、山田風太郎記念館。プロデューサー=矢野義幸・二宮一幸。ディレクター=張相烈。(三国連太郎の演技、リアリズムを超えた創造的存在感あり)。

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2006年7月25日 (火)

豆本で赤井都さんがNHKTVに

赤井さんの豆本合同展でNHKTVがインタビュー。26日のAM11時から放送とのこと。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2234545/detail

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鶴樹の「肉体の変奏」-36-

 口元が自由になった由美は、大きく深呼吸した。

「手も自由にしてよ。歩いたら転びそうだわ。いまさら、逃げもかくれもしないわよ。ミスタ、モーリス」つんけんとした口調だ。

 モーリスは、軽く鼻をならした。由美に掛けてあったコートをとってやり、後ろ手に縛った紐をほどいた。それから、彼女の手首をマッサージしてやっている。

「ばか。なにをしているんだ、モーリス。こいつ等を連れて地下室へ行こうじゃないか。お前はゴリラを見張れ」

「由美がトイレットだと言っている。それを済ませてからだ。車のなかに長く居たからね。仕方がないよ」

「くそっ。はやくしろ」

 そう言ってから鈴木は、椿博士のデスクのところに行き電話を使いはじめた。英語である。意味がとれない。トラックとかフライト・スケジュールとか、トーキョウ、アツギなどの地名が話の合間に入っている。

 由美は黄色いブラウスに、赤いスカートという派手な格好だった。身をひるがえして、応接セットの背後の洗面所に入った。ドアを引きながら、青痣のある眼でちらりとおれの方を見た。困り切ったような、いまの出来事が信じられない、といった顔だった。

 電話が鳴った。椿博士が出ようとしたが、鈴木がそれをおさえて、受話器をとった。受話器を耳に当て、やがて黙って切ってしまった。「相手は誰だったのだ?」

 椿博士が訊いた。

「なんだか、テレビ局の水井とかいっていた。そんなもの。どうでもいい」

 すると、また電話が鳴った。

「出ないと、変に思われるぞ」と椿博士。

「いま、たて混んでいると言え。なんでもいいから、断れ」鈴木は椿博士に銃を突きつけて言った。

「いま、お客が来ているのだ。何の用だね。次の放送の打合せ? それなら明日にしよう。明日なら大丈夫だ。ああ、いいとも、動物学者でも誰でも、連れてきていいさ。だから、今日はだめだ。もしー。もしもしーー」

 向こうで切ったらしい。椿医師は、電話を終わらせた。

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2006年7月22日 (土)

鶴樹の「肉体の変奏」-35-

 女は離婚した妻、由美だった。眼の下から頬にかけて青黒い痣ができている。殴られたのだろう。おれと由美の関係をよく調べたものだ。連中は、かなり大かがりな組織の一員らしい。由美が傷つけられたのは、おれとの秘密の約束を守ろうと、自分の見た事実を言うのに抵抗したためだろうか。どういう訳か、おれの胸に熱いものが胸に込みあげてきた。

だが、今は事の成り行きを見るしかない。おれはこらえた。

「彼女は生田目泰幸の妻だった。ここで、彼に会ったことを教えてくれたよ。椿博士、彼女を知らないとは言わせませんよ。彼女は頭部だけの生田目泰幸と話しをしている。あれは頭脳交換をするまえに、細胞の免疫力を調整する段階らしいな。オードリン博士がその仕組みを教えてくれたよ。われわれは、知っているのだ。そこにいるゴリラが、生田目泰幸だということをね」

 鈴木はおれを指差し、さらにこう言った。

「おい、君の身体は事故の時は、たいした怪我ではなかったはずだぞ。そのことを知らないだろう。椿博士はな、意識不明の君を頭脳交換の材料に利用したのだ」

「ばかを言うな。わたしはそんなことをするわけがない」

 椿博士が振り向いて言った。

 これは、どういうことだ。まったく、何が問題なのだろう。それに、どっちが本当のことを言っているのか、わからない。しかし、これではゴリラがおれであることを白状したことになる。鈴木が、してやったり、という顔をした。

「よし、いいだろう。これではっきりした」鈴木が満足げに言った。「それじゃ、どのように脳移植の手術をしたのか、その記録を出してもらおうか。椿博士」

 鈴木はコートのポケットから拳銃をとり出し、椿博士の胸元に突きつけた。小型のピストルだ。

「地下の手術室の本棚にデータがたくさんある。それを由美が知っていた」

 モーリスが、流暢な日本語で言った。そして、由美の口をふさいでいたガムテープをむしりとった。

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2006年7月20日 (木)

元日本赤軍最高幹部・重信被告の手紙

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2220187/detail

これは「新・原詩人」の江原氏より見せてもらったもの。公開の許可をもらうため、獄中の重信氏へ手紙連絡した。そうしたところ、公開承諾の返事をくれたが、私の論旨には異論があると書いてあった。それと、重信氏が4年前に書いたという詩が記されてあった。おいおい、ニュースにしてゆきたい。

それにしても、ライブドアのサイトはPJニュースが見つけづらい。自分でも掲載されたのが気がつかなかったほどだ。

会員仲間の穂高さんは、日本ペンクラブの取材。見出しも巧いね。ネットニュースはタイトルが、アクセスに影響する。毎日がタイトルマッチだ。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2220666/detail

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鶴樹の「肉体の変奏」-34-

          9

 このところ、ぼんやりしがちな、おれの頭では、なかなかややこしい話だった。

 椿医師。いや、椿博士はおれに何も教えてくれてはいなかった。オードリン博士というのは何者だ。南アフリカといえば世界で最初の心臓移植が実行された国だ。生体実験がやりやすい環境でもあるのだろうか。いずれにしても、おれは、彼らの陰謀に巻き込まれた

ものらしい。いままで、おれはゴリラの肉体を借りることで、延命されたと思っていた。しかし、ここにいる連中は、そんなことは問題にしていない。彼らはゴリラと人間との頭脳交換の技術だけを問題にしているらしい。

 頭脳の交換だって? ゴリラと人間の交換が可能ならば、人間同士の交換も可能なはずだ。これは考え過ぎだろうか。南アフリカ。アパルトヘイト。黒人と白人の対立。黒人大統領の誕生。いや、それだけではない。中近東や東アジアの独裁者たちに敵意を持つ大国が、これら国家指導者の頭脳交換を秘密裡に実行しようという連中がここにいたとしたら──。いや、どこ国であろうとも権力者の失墜を計るやつはいる。そういう連中なら、この技術を高く買うにちがいない。

 そんなことを思いめぐらせているうちに、鈴木という男が、押し問答にしびれをきらせ、声を荒げてはじめた。

「うそだ。椿博士。どこまで、しらをきるつもりだ。わたしだって、いつまでも甘い顔をしている訳にもいかないんだ。おい、モーリス。あの女を連れてこい」

 モーリスは、外に出た。車にもどると、後部座席から、白いコートに全身を包んだ小柄な女を連れだした。雨は上がり、薄日が濡れた道路を照らしていた。

 モーリスが抱えるように、連れてきた女は、口にガムテープを張られていた。コートのなかでは後ろ手に縛られているようだった。身を反らせ、見開いた眼でこっちを睨んでいる。その眼をみてそれが誰かわかった。

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2006年7月18日 (火)

老メンの休日

杉村太蔵氏がブログを閉鎖したとか。鶴樹も日記などをチョコマカ書いていたら今頃閉鎖していたろう。他人に読ませるほどの日記になるような生活はしていない。今日は、といっても17日のことだが、会員と昼食を共にし、文學の話をする。会報を読んでいるわけだから、共通の情報をもつから、話題に専門性と深みができる。これが同人誌仲間だと、自分勝手なばらばらな話題になるので、進歩がない。と、こんなことを言っても、面白くないだろうから、世間話をすると、TVや新聞では、日本の外交が米国や中国にしてやられたとか、してやったりだ、と論じているが、こんな情報に耳を傾けてはいけない。世界のなかで、日本が泳ぎきっていくかという問題では、そんなことにこだわっていてはいけない。

 北朝鮮や中国や米国の外交がしたたかで、日本が外交下手だというが、北朝鮮は国民が餓死し、中国はまだ後進国で、身分制度と階級制度があり、農民は一生農民の身分から抜け出せない。米国人は、石油業界の利権のために家族を兵隊にとられ、異国で死んでゆく。外交などしたたたかでなくて、外交下手のほうがいいのではないだろうか。

したたかな外交をする国ほど、マスコミがいけないのは、したたかな外交をする国ほど国民を犠牲にしているという事実をいわないことだ。

同じ調子で世界の動きに取り残される日本ということを言っているが、馬鹿か? 戦争して利権を争うような国に歩調をあわせてどうする。取り残されて結構なのである。

中国人はしたたたかな外交をしているのに、なぜ日本に犯罪をしにやってくるのか。3000年の歴史があるのに何故、まだ貧しく、日本製品の下請けをしているのか。3000年もかかって今程度の国ならこの先もすぐに変わることはない。自分は、これからの中国は、難問山積で苦しいと思う。

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2006年7月17日 (月)

鶴樹の「肉体の変奏」-33-

 鈴木が目を大きくして、反論した。

「あなたは、われわれとの契約をまったく無視している。生体臓器交換の基本技術をオードリン博士から伝授されながら、あなたが開発した実用化技術を教えようとしない。完全なものでなくてもよいのだ。これ以上、この研究が外部に知られたら、あなたも命を狙われますよ。すでにヨハネスブルグには秘密組織の奴らが来ているそうだ。CIAやKGBくずれの連中もそのうちに嗅ぎつけてくるのは時間の問題になってきた」

「KGBだのCIAだのと何を時代遅れなことを言っておるのだ。もう冷戦時代は終っているのに。そんな話は脅かしにもならん」

「とんでもない。彼らは、企業秘密や先端技術の情報を各国に売り込み、以前より活発な活動をつづけているのだ。とくにCIAはこの技術を、喉から手が出るほど欲しがるだろう」

「だれが欲しがろうと、生体交換の実用化はオードリン博士や、わたしでもまだ成功させていない。その資料は、すべてIASAに提供してあるさ。君たちは、勘ぐりすぎだよ」

「椿博士。そこまで、言い切るのなら、あなたの奥さんの最後の手術の記録をIASAに提出して欲しい。それをいま、ここで受け取りましょう。……それと、昨年この近くで、乗用車の転落事故がありましたね。運転していたのはは生田目泰幸という男だ。この男が

あなたの医院で治療を受けたきり消息不明になっている。彼はいま、どうなっているのか? 事故後の手術経過と現状を報告しなさい」

「なんで、そんなことを……。あの男は回復して、とっくに退院している。どこでなにをしているかなどまでは、知らん」

 椿医師は、うわずった声で抗弁した。

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2006年7月15日 (土)

鶴樹の「肉体の変奏」-32-

 椿博士の表情が急に険しくなった。

「なにをいうのかね。二つのことがらは、まったく無関係だ。雌ゴリラは、人間のインフルエンザにやられて、命をおとしただけだ。近くの川のほとりに埋葬してある。あとで、調べてみたら判る。いまのゴリラは、闇取り引きの業者に虐待されていたゴリラを買い取ったのだ。かつてわたしの実験の犠牲となったゴリラへの罪滅ぼしの気持ちでな。……いま、この研究室にいるのは、わたしと、ゴリラの銀太郎だけだ。以前に居た二人の研究協力者たちは、研究を中断した時点で解雇した。もちろん、秘密を守るという約束をしてだ。その後間もなく、二人とも新しく就職した研究所で、劇症肝炎ウイルスに感染するという事故で急死したらしいじゃないか。そのいきさつは、事故を仕組んだ君たちの方が、くわしいのではないかね。わたしには判っているのだ。……そこの銃をもったきみ。きみは口髭をつけて、このあたりの写真を撮って、うろうろしていたな。外国人観光客のように見せかけてね。見張り役だな。見張られるのは、かまわないがね。もし、わたしと銀太郎に危害を加えたりしたら、マスコミの注目を浴びると思いたまえ。なにしろテレビ出演をしている、有名人なのだからな」

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2006年7月11日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-31-

「ああ、いつもあなたの助手をされていたデラ夫人のことですね。じつにお気の毒でした。それで、思い出したのですが、あの方はたしか癌で亡くなられていますね」

「そうだ。あれほどわたしに尽くしてくれたのに、医者でありながら、なにもしてやれなかった。あれが、どれだけわたしを支えてくれていたか、いなくなって思い知ったのだ。他人のことなどより、自分の妻の健康を気づかうべきだった」

「これは、われわれが後になって調べたことなんですがね。夫人が全身を癌におかされた末期に、あなたは夫人に手術をしているんです。余命短いと判っている患者にどんな手術がいるんですか? しかも、それから間もなく二頭のうち、雌のゴリラの方が、地下の飼育場から連れだされ、翌日にはもとのところにもどされたと推測できる痕跡がある。もしかしたら、あなたはデラ夫人の脳をそれに移植したのではないですか? そのあと間もなく、雌ゴリラはあなたの飼育場から姿を消してしまいました。これは何を意味しているのでしょうかね」

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2006年7月 9日 (日)

鶴樹の「肉体の変奏」-30-

「それは、誤解だ。わたしは、約束どおり研究費で得た成果はすべて、アフリカ・ヨハネスブルクのオードリン博士に伝えてある。オードリン博士だって、その結果について納得していたではないか。彼の動物生体交換理論は大変画期的ですぐれたものだ。しかし、応用がむずかしい。わたしも、全力をつくして、臨床実験をした。が、ある決定的なハードルが越えられなかった。それで、五年前に実験用に譲り受けた二頭のゴリラはすべて、死んでしまったのだ。

 それに、あなたがたも、二十億円の資金の提供を約束していながら、実際には八億円しかくれていない。わたしは、その後も自費で研究をつづけ、問題点を発見し実用化につながる可能性を開いた。そこで、この研究を打ち切ったのだ。このあとの研究はオードリン博士が引き継いで、実用化が可能なはずだ」

「資金の不足分については、IASAの日本支社が、あなたに渡すべき資金を無断で使い込んでしまっていたのだ。彼らは、すでに処分されている。これについては、ペナルティの分をふくめて、倍額払いましょう。問題なのは、研究成果だ。オードリン博士は、あなたの応用技術を取り入れている。だが、生体交換の実用に成功していない。

 ところが、こっちでその後の動向をしらべると、これまでの段階ですでに、生体交換に必要な技術を開発していると思われるフシがある。そこにいるゴリラがその成果のはずだ。ならば、その技術をわれわれは譲り受ける権利がある。その記録を出してください」

 奴らは、何を言いだすのだ。おれは、彼らの会話を理解しようと必死に聞き入った。

「記録、そんなものはない。オードリン博士が出来ないでいるのとまったく同じレベルで、わたしの研究も行きづまり、中断しているのだ。とくに、あの時期は、妻を病気でなくして気落ちしていたからな。とてもそんな実験を続ける気にはならなかった」

 椿医師の声は沈んでいた。

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2006年7月 6日 (木)

鶴樹の「肉体の変奏」-29-

 モーリスという白人は、用心しながらソファに腰掛けた。銃を膝の上に置いたままだ。眼はおれを睨んでいる。

「さっき、手術が失敗に終わったと言いましたな、椿博士。あなたは、ほんとうは手術に成功していながら、我々には不成功だったと、嘘をついていたんじゃありませんか」

 鈴木が疑わしげにおれのそばに寄ってきた。おれはいきなりウォーと咆吼してやった。

「あぶない。それ以上近寄るな。そら、腕力にかけて君たちに負けないぞ。この銀太郎は、わたしの命令に忠実なんだ。ここでの行動には、気をつけたまえ」

 椿医師が、脅しをかけるように言った。鈴木も、さすがに怯んだようだ。

 どうも、危険な連中のようだ。おれは椿医師の後ろに座って彼らを監視した。

「わかりましたよ。穏便にやろうじゃないですか。一度は同士になった仲だ。われわれ国際動物科学研究財団(IASA)は、その基金であなたに生体交換移植の研究を依頼した。いいですか。IASAはあなたの研究成果とその技術をすべて、受け取る権利があるのです。それも秘密裡にですぞ。ところが、最近になってあなたが研究成果を隠し、われわれに報告していないのではないかという、疑いがでてきました。

 おまけに、その研究成果を外部に知られてしまいそうな危険な行動をしている。そう、その疑惑のきっかけとなったのは、あのゴリラのテレビ出演ですよ。IASAとの契約は厳正ですよ。違反者はこの世から抹殺されることもあります。どうも、日本の方は契約の意味を甘く考え過ぎるので、困りますね」

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2006年7月 5日 (水)

「文芸法政」第2号が出る

法政大学国文学会の「法政文芸」第2号が発刊された。特集・内田百閒である。百閒が法政で教えていたとは、しらなかった。町田康が寄稿しているから、彼も法政だったらしい。自分は、経済であったから、経済の教授のことはいくらか記憶にあるが、文學のことになると、さっぱりわからない。ただ、教養で文学を履修したら長谷川四郎氏が講師だった。それと法学をとったら、○○鉱平とかいう講師で、中央公論社にいた話をしていた。校正もしていて、与謝野晶子の「柔肌」云々という歌が「柔股」になっていたとか、新聞の食生活改善が性生活改善になっていたとかの、話で法律の講義の様子は記憶にない。

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2006年7月 4日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-28-

          8

 二日前から雨が降っていた。春寒の日というのだろうか。それでも、森は濡れて緑葉の色を濃くしていた。

 その日の早朝、表の通りに一台のベンツがとまった。トレンチコートの襟を立てた男が二人、車から降りて、足ばやに研究所に入ってきた。

 おれは、警戒心をかきたてられ、三階から地階に降りていった。彼らは衝立ての向こう側の応接セットに腰掛けていた。おれの姿をみて、二人が同時に立ち上がった。右側の男は、日本人のようだ。左の男は白人だ。白人が一瞬身構え、コートの内ふところに手が動いたのを、おれは見逃さなかった。至近距離でのグリース油の臭いがした。

「やあ、こいつが例のゴリラだな。元気そうじゃないか」

 日本人の方が、言った。色が浅黒く、異様に鋭い眼光をしている。面長で額の奥まで禿げ上がっていた。もしかしたら、砂漠や乾燥地帯にいる人種とのハーフかも知れない。

「いや、鈴木さん。それはあなた方の支給したクレバー・ジョンじゃない。これは、べつのゴリラだ。クレバー・ジョンは手術の失敗で三年前に死んでいるよ」

 椿医師が彼らの後ろでそう言った。医師はおれに親指を立てて示した。これは、怒って見せろという合図だ。おれは低く唸り声をだしてみせた。

 白人は恐怖に灰色の眼をむき、ついに懐から拳銃をとりだした。銃のことはよく知らないが、四十五口径はあるだろう。かなり大きい。

「おい、モーリス。落ち着け。本気じゃない。これは挨拶みたいなものだ」

 鈴木と呼ばれた日本人が言った。

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2006年7月 3日 (月)

「みち」と近畿のショート・ショート

http://www.kkr.mlit.go.jp/road/short_story/

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2006年7月 1日 (土)

-鶴樹の「肉体の変奏」-27

「そのちょっと変な感じのするところが、いいみたいだな。じつはこのゴリラを放映してから、撮影場所や、撮影時期を正確におしえて欲しいという問い合わせがふえているんだ。マニアックなオタク族が熱心な安定視聴者となっているらしい」

「でも、連中に正確な場所は教えていないんでしょうね。椿医師との約束ですもの。撮影を室内に限ったのも、周囲の風景で場所が知られることを避けたかったからなのよ」

「もちろんだ。それに、取材ソースをわれわれで、いつまでも独占できる体勢にしておく必要がある。なにしろ、こいつは必ず10%以上の視聴率がとれる隠し玉だからな」

 話しながら、水井プロデューサーの手がさり気なく、律子の茶色スラックスの尻のあたりに触れた。

 律子は腕を組んで、考えを集中したままだった。プロデューサーは、その手を尻の片側にぺたりと這わせた。律子は彼の手の甲に爪を立て、それを撃退した。

 水井という男もしつこい。仕事はやれる男のようだが、かなり好色だ。おれはつい苦笑した。そのとき、あることに気付いて、ぎくりとした。おれもまた、以前は女好きだったのだが……。

 あらためて畠山律子の容姿をみた。すらりとした体躯で、腰がほそい。尻がやや平らで、左右に広い。胸はやや小さく、ブラウスの下の固い乳房が想像できる。切れ長の目元にきりっと締まった唇。つややかな髪が肩にかかっている。かつて、おれがもっとも好んだタイプの美女だった。以前のおれなら水井という男ほどでないにしても、律子に対してもっと性的な関心をもっていた筈だ。それなのに、彼女の色気に無反応なこの気持ちはどういうことなのだろう。おれの脳は、ゴリラの肉体の影響をうけて、ゴリラと同化しつつあるのではないだろうか。どうやら、今のおれは生田目泰幸とは別の生き物になってきているようだ。

 椿医師がおれの精神の変化を、克明に記録しているのは、このためだったのだ。

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