鶴樹の「肉体の変奏」-37-
「KQテレビ局が、銀太郎の特集を組むために、事前打合せをやりたい、と言ってきた。急ぐので今日の夕方に来るかも知れんと言ってたな」
「なんで、もっと強く断らないんだ。くそ、事を急ごう。モーリスその女をよこせ。地下室へ案内させるんだ」
「わたしだって、一、二度来ただけよ。でも、泰幸さんが、ゴリラになったなんて信じられない」
鈴木は、由美の頭を小突き、引き立たせながら地下室へ入っていった。どうも、由美を殴ったのは、鈴木らしい。モーリスは見張りに残された。ちらちらと地下室への入口を見ている。由美のことを気にかけているのだろう。
おれにしてみれば、奴らの銃の脅しなどは少しも怖くなかった。至近距離なら、腕の一振りで彼らの首根っこをへし折るのは簡単だ。だが、もっと彼らの情報が欲しかった。おれがこんな目に会っている裏には、どんな陰謀があるのか、知る権利がある。椿博士はおれに一面的なことしか教えてくれていない。
由美と鈴木はおそらく、地下室のさらに下に部屋があるのを見つけるだろう。薬品収納戸棚の裏に階段があるのだ。椿博士もそう思っているらしく落ち着きがない。
研究所のなかの騒ぎをよそに、窓の外にはのどかな春の陽が射しはじめていた。
樹木の若葉が風に揺れ、光って見えた。
ただでさえ眠気をもよおすような昼の光景であった。おれの頭の奥に、深い森の緑が蔽いかぶさってきた。眼の裏に濃い霧がまわりこみ、全身がそれにつつまれる。このところ昼間に一回は睡魔が襲ってくる。これは脳がゴリラの肉体に侵食されている兆候なのか。ふだんの時なら、睡魔に抵抗できず、意識は霧のなかに沈んでいくところだ。
だが、今はそんな場合ではない。おれは、必死に眠気をこらえた。 鈴木が、地下室の階段から上がってきた。由美は厚いファイルを抱えて、後ろからついてきた。顔色が蒼ざめている。
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