« 鶴樹の「肉体の変奏」-35- | トップページ | 豆本で赤井都さんがNHKTVに »

2006年7月25日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-36-

 口元が自由になった由美は、大きく深呼吸した。

「手も自由にしてよ。歩いたら転びそうだわ。いまさら、逃げもかくれもしないわよ。ミスタ、モーリス」つんけんとした口調だ。

 モーリスは、軽く鼻をならした。由美に掛けてあったコートをとってやり、後ろ手に縛った紐をほどいた。それから、彼女の手首をマッサージしてやっている。

「ばか。なにをしているんだ、モーリス。こいつ等を連れて地下室へ行こうじゃないか。お前はゴリラを見張れ」

「由美がトイレットだと言っている。それを済ませてからだ。車のなかに長く居たからね。仕方がないよ」

「くそっ。はやくしろ」

 そう言ってから鈴木は、椿博士のデスクのところに行き電話を使いはじめた。英語である。意味がとれない。トラックとかフライト・スケジュールとか、トーキョウ、アツギなどの地名が話の合間に入っている。

 由美は黄色いブラウスに、赤いスカートという派手な格好だった。身をひるがえして、応接セットの背後の洗面所に入った。ドアを引きながら、青痣のある眼でちらりとおれの方を見た。困り切ったような、いまの出来事が信じられない、といった顔だった。

 電話が鳴った。椿博士が出ようとしたが、鈴木がそれをおさえて、受話器をとった。受話器を耳に当て、やがて黙って切ってしまった。「相手は誰だったのだ?」

 椿博士が訊いた。

「なんだか、テレビ局の水井とかいっていた。そんなもの。どうでもいい」

 すると、また電話が鳴った。

「出ないと、変に思われるぞ」と椿博士。

「いま、たて混んでいると言え。なんでもいいから、断れ」鈴木は椿博士に銃を突きつけて言った。

「いま、お客が来ているのだ。何の用だね。次の放送の打合せ? それなら明日にしよう。明日なら大丈夫だ。ああ、いいとも、動物学者でも誰でも、連れてきていいさ。だから、今日はだめだ。もしー。もしもしーー」

 向こうで切ったらしい。椿医師は、電話を終わらせた。

|

« 鶴樹の「肉体の変奏」-35- | トップページ | 豆本で赤井都さんがNHKTVに »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 鶴樹の「肉体の変奏」-35- | トップページ | 豆本で赤井都さんがNHKTVに »