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2006年7月20日 (木)

鶴樹の「肉体の変奏」-34-

          9

 このところ、ぼんやりしがちな、おれの頭では、なかなかややこしい話だった。

 椿医師。いや、椿博士はおれに何も教えてくれてはいなかった。オードリン博士というのは何者だ。南アフリカといえば世界で最初の心臓移植が実行された国だ。生体実験がやりやすい環境でもあるのだろうか。いずれにしても、おれは、彼らの陰謀に巻き込まれた

ものらしい。いままで、おれはゴリラの肉体を借りることで、延命されたと思っていた。しかし、ここにいる連中は、そんなことは問題にしていない。彼らはゴリラと人間との頭脳交換の技術だけを問題にしているらしい。

 頭脳の交換だって? ゴリラと人間の交換が可能ならば、人間同士の交換も可能なはずだ。これは考え過ぎだろうか。南アフリカ。アパルトヘイト。黒人と白人の対立。黒人大統領の誕生。いや、それだけではない。中近東や東アジアの独裁者たちに敵意を持つ大国が、これら国家指導者の頭脳交換を秘密裡に実行しようという連中がここにいたとしたら──。いや、どこ国であろうとも権力者の失墜を計るやつはいる。そういう連中なら、この技術を高く買うにちがいない。

 そんなことを思いめぐらせているうちに、鈴木という男が、押し問答にしびれをきらせ、声を荒げてはじめた。

「うそだ。椿博士。どこまで、しらをきるつもりだ。わたしだって、いつまでも甘い顔をしている訳にもいかないんだ。おい、モーリス。あの女を連れてこい」

 モーリスは、外に出た。車にもどると、後部座席から、白いコートに全身を包んだ小柄な女を連れだした。雨は上がり、薄日が濡れた道路を照らしていた。

 モーリスが抱えるように、連れてきた女は、口にガムテープを張られていた。コートのなかでは後ろ手に縛られているようだった。身を反らせ、見開いた眼でこっちを睨んでいる。その眼をみてそれが誰かわかった。

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