鶴樹の「肉体の変奏」-30-
「それは、誤解だ。わたしは、約束どおり研究費で得た成果はすべて、アフリカ・ヨハネスブルクのオードリン博士に伝えてある。オードリン博士だって、その結果について納得していたではないか。彼の動物生体交換理論は大変画期的ですぐれたものだ。しかし、応用がむずかしい。わたしも、全力をつくして、臨床実験をした。が、ある決定的なハードルが越えられなかった。それで、五年前に実験用に譲り受けた二頭のゴリラはすべて、死んでしまったのだ。
それに、あなたがたも、二十億円の資金の提供を約束していながら、実際には八億円しかくれていない。わたしは、その後も自費で研究をつづけ、問題点を発見し実用化につながる可能性を開いた。そこで、この研究を打ち切ったのだ。このあとの研究はオードリン博士が引き継いで、実用化が可能なはずだ」
「資金の不足分については、IASAの日本支社が、あなたに渡すべき資金を無断で使い込んでしまっていたのだ。彼らは、すでに処分されている。これについては、ペナルティの分をふくめて、倍額払いましょう。問題なのは、研究成果だ。オードリン博士は、あなたの応用技術を取り入れている。だが、生体交換の実用に成功していない。
ところが、こっちでその後の動向をしらべると、これまでの段階ですでに、生体交換に必要な技術を開発していると思われるフシがある。そこにいるゴリラがその成果のはずだ。ならば、その技術をわれわれは譲り受ける権利がある。その記録を出してください」
奴らは、何を言いだすのだ。おれは、彼らの会話を理解しようと必死に聞き入った。
「記録、そんなものはない。オードリン博士が出来ないでいるのとまったく同じレベルで、わたしの研究も行きづまり、中断しているのだ。とくに、あの時期は、妻を病気でなくして気落ちしていたからな。とてもそんな実験を続ける気にはならなかった」
椿医師の声は沈んでいた。
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