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2006年7月 4日 (火)

鶴樹の「肉体の変奏」-28-

          8

 二日前から雨が降っていた。春寒の日というのだろうか。それでも、森は濡れて緑葉の色を濃くしていた。

 その日の早朝、表の通りに一台のベンツがとまった。トレンチコートの襟を立てた男が二人、車から降りて、足ばやに研究所に入ってきた。

 おれは、警戒心をかきたてられ、三階から地階に降りていった。彼らは衝立ての向こう側の応接セットに腰掛けていた。おれの姿をみて、二人が同時に立ち上がった。右側の男は、日本人のようだ。左の男は白人だ。白人が一瞬身構え、コートの内ふところに手が動いたのを、おれは見逃さなかった。至近距離でのグリース油の臭いがした。

「やあ、こいつが例のゴリラだな。元気そうじゃないか」

 日本人の方が、言った。色が浅黒く、異様に鋭い眼光をしている。面長で額の奥まで禿げ上がっていた。もしかしたら、砂漠や乾燥地帯にいる人種とのハーフかも知れない。

「いや、鈴木さん。それはあなた方の支給したクレバー・ジョンじゃない。これは、べつのゴリラだ。クレバー・ジョンは手術の失敗で三年前に死んでいるよ」

 椿医師が彼らの後ろでそう言った。医師はおれに親指を立てて示した。これは、怒って見せろという合図だ。おれは低く唸り声をだしてみせた。

 白人は恐怖に灰色の眼をむき、ついに懐から拳銃をとりだした。銃のことはよく知らないが、四十五口径はあるだろう。かなり大きい。

「おい、モーリス。落ち着け。本気じゃない。これは挨拶みたいなものだ」

 鈴木と呼ばれた日本人が言った。

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