-鶴樹の「肉体の変奏」-27
「そのちょっと変な感じのするところが、いいみたいだな。じつはこのゴリラを放映してから、撮影場所や、撮影時期を正確におしえて欲しいという問い合わせがふえているんだ。マニアックなオタク族が熱心な安定視聴者となっているらしい」
「でも、連中に正確な場所は教えていないんでしょうね。椿医師との約束ですもの。撮影を室内に限ったのも、周囲の風景で場所が知られることを避けたかったからなのよ」
「もちろんだ。それに、取材ソースをわれわれで、いつまでも独占できる体勢にしておく必要がある。なにしろ、こいつは必ず10%以上の視聴率がとれる隠し玉だからな」
話しながら、水井プロデューサーの手がさり気なく、律子の茶色スラックスの尻のあたりに触れた。
律子は腕を組んで、考えを集中したままだった。プロデューサーは、その手を尻の片側にぺたりと這わせた。律子は彼の手の甲に爪を立て、それを撃退した。
水井という男もしつこい。仕事はやれる男のようだが、かなり好色だ。おれはつい苦笑した。そのとき、あることに気付いて、ぎくりとした。おれもまた、以前は女好きだったのだが……。
あらためて畠山律子の容姿をみた。すらりとした体躯で、腰がほそい。尻がやや平らで、左右に広い。胸はやや小さく、ブラウスの下の固い乳房が想像できる。切れ長の目元にきりっと締まった唇。つややかな髪が肩にかかっている。かつて、おれがもっとも好んだタイプの美女だった。以前のおれなら水井という男ほどでないにしても、律子に対してもっと性的な関心をもっていた筈だ。それなのに、彼女の色気に無反応なこの気持ちはどういうことなのだろう。おれの脳は、ゴリラの肉体の影響をうけて、ゴリラと同化しつつあるのではないだろうか。どうやら、今のおれは生田目泰幸とは別の生き物になってきているようだ。
椿医師がおれの精神の変化を、克明に記録しているのは、このためだったのだ。
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