鶴樹の「肉体の変奏」-23-
一方、日中の間、おれは椿医師の生活の手助けをせざるを得ない。重い物の運搬や高いところの物の出し入れは、老人にむりだからだ。椿医師は、ときおり夜陰にまぎれて、精密な機械のようなものを例の地下室に運んだりする。そのときには、おれのばか力がものをいう。地下一階には手術室がふたつあり、あいたスペースには、顕微鏡や測定器などがところ狭しとばかりに置いてある。
おれの生首がついた人工臓器システムは、地下二階にあった。循環器系統がしきりに動いていた。かつての自分の顔を見るのは不気味で、落ち着かない気がした。おれは無意識のうちに過去のことを忘れたがっているらしい。過去の記憶につながるものに出会うと、妙にいらだつことがある。とくに最近は、アフリカの森の夢を良く見る。ゴリラの過去がよみがえり、おれ自身の過去と交錯してきているような気がする。
椿医師はそのことを書いたおれのメモを見て驚いていた。
「なに? それはゴリラの肉体が、記憶を残しているってことだな。ふうむ。そんな現象が起きるのか」と熱心にメモをとっていた。
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