鶴樹の「肉体の変奏」-22-
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春になった。喰い物が豊富になったのはありがたい。おれは箱根周辺の山谷を跳梁し、植物分布や、火山脈の経路をおぼえた。行動範囲もひろくなった。といっても夜明け前の山中だから、人と出会うことはない。食物の採取は、だいたい見た目と香りで、身体が選択してくれる。毒草などには食欲がわかないのだ。木や草は根絶やしにするほど喰い尽くさないかぎり、幾度でも葉や芽を提供してくれる。およそ草食動物は山野草の生命を奪うことなく、共に生き延びる余地を残した食生活を可能にしているのだ。
おれの肉体は、見事に自然の霊気に呼応し、こころを躍動させる。水の匂い、樹々と草々呼吸がゴリラの肉体を躍動させるのだ。いや、そうではないな。肉体がこころなのだ。
これは動物にならなければ、分からない境地だろう。
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