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2006年6月18日 (日)

鶴樹の「肉体の変奏」-20-

「いいかね。純粋な理想をいだいて生きる人間が、この世界にどれだけいるのだ。君は知っているかね。いまにも死にそうなやつを必死の努力で助けても、当人はその手当てを当然のごとく思い、次の日からまた自堕落な、その日暮らしをはじめるのだ。生命があるからただ生きる。それだけじゃないか。わたしも若い頃は、人の命は地球より重いというたわごとを漠然と信じていたものだ。だが、人間のどこにそんな高邁な論理を裏づける根拠があるのかね……。

わたしはきみの頭脳をゴリラの肉体に移し替えた。ゴリラの寿命は長くても三十年そこそこだ。きみに肉体を提供したゴリラは、十歳を過ぎていたから、あと十五年くらいの生命だ。……だが、きみの場合、ゴリラだろうが、生田目泰幸という人間だろうが、その生涯に大きな違いがないのじゃないかね? かつて、きみは誰かこれという人の役に立ったことがあったのか? 誰がきみの存在に感謝したかね。これまでも、他人に尽くすチャンスはあったのに、それを、きみは生かせなかった。役立たずだよ、きみは。いや、きみだけではない。みんなそうだ。理想を持たずに自分勝手な、安っぽい夢を語る輩ばかりだ。夢を語ることに苦痛はないが、理想を持つと苦しいものだぞ。きみにはわかるまいがね」

 椿医師の人間嫌いも相当なものだ。人間という性質に、実際以上の期待をもち過ぎていたのだろう。無反省な人々を差別なく治療し、命を救ったことに疑問をもっているらしい。

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