鶴樹の「肉体の変奏」-19-
帰りぎわにリポーターの律子が、
「でも、この銀太郎ってほんとうに利口ね。わたし、このゴリラが何か考えているような気がしてならないわ。不気味なくらいだわ」という。
「うん。ふしぎな雰囲気をもっているゴリラだ。こいつは人気が上がるぜ。もっと本格的なスペシャル番組で紹介してもいいな」
「そのときも、わたしをリポーターにつかってね。それまでに、ゴリラをもっと研究しておくわ」
「それは、きみの今後の努力次第だよ」
プロデューサーは意味ありげに、律子の腰に手をまわした。
「水井プロデューサー。わたしに仕事以外の努力を強要しないで欲しいの。こう見えても、自分の才能に自信を持っていますのよ」律子は、水井という男の手をはらいのけ、足早に車のほうへ行ってしまった。
「おい、おい。勘違いするなよ。ぼくをそんな男だと思っているのか。それにしても、もう少し可愛げがあったほうが、才能も生かせるってもんだぜ」と、男は律子を追っていく。
長いビデオ撮りに疲れたおれは、床に寝そべって、しばらくうとうとした。
そのうち、椿医師の独り言が始まった。
「ふん、やつらめ。テレビで銀太郎を売りだすつもりだな。まあ、悪くはあるまい。ただのゴリラだと思っているようだから、ひとつおどろかせてやろうじゃないか。だが、許せないのはあの自警団のやつらだ。藪医者だとぬかしおった。わたしが、若い頃どれだけ理想に燃えた心で、医学に志したか、知るまい。わかるか? 理想だぞ」
老医師は突然大声をあげ、おれを指差し、燃える眼なざしで、迫った。
おれはいっぺんに眠気が醒めてしまった。
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