鶴樹の「肉体の変奏」-17-
おれは、あわてて後ろを向き、床に腰をおろした。
これからはゴリラの生態を研究し、ゴリラらしさというのを身につけないと、具合が悪そうだ。とりあえず手元にあるバナナを喰って見せた。うっかり皮をむいて食べてしまったが、ゴリラは果たしてバナナの皮をむくものなのだろうか? さいわい、テレビ局の連中は、あたりまえのように見ているので、かまわないだろう。
「それじゃ、リハーサルだ。椿先生、リポーターが、質問したときは臨機応変に答えてください」
スタッフのひとりが声を掛けた。
するとさっきの若い女のレポーターがカメラの前に立った。
「はーい。みなさん。レポーターの畠山律子でーす。きょうの動物家族は、なんとゴリラなんですね。……ここは箱根です。飼い主はお医者さんの椿先生です。話を聞いてみましょう。このゴリラ、名前は?」
「銀太郎です」
「あら、箱根で足柄山の金太郎というのは有名ですが、銀太郎とつけたのは何故?」
「このゴリラは、ほら背中の毛が銀色になっているだろう。これはシルバーバックといって、ゴリラの指導者の資格を持っている印なのだよ」
椿医師は上機嫌で応対している。おれの名が銀太郎だなんて、初めて聞いた。
そのとき、玄関のあたりで騒がしい気配がしはじめた。
みると帽子に顎紐をかけた警官を先頭にして、ハンターの格好をした男が数人押しかけてきている。
さっき山のなかでおれを追いかけてきた奴らだった。
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