鶴樹の「肉体の変奏」-15-
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林のなかでは雪割草や馬酔木が白い可憐な花を咲かせている。蕗のとうも芽を出しはじめた。
日の出前の散歩を楽しんでいたおれは、嫌な気配を感じて、周囲を見回した。低い木立の陰に人が隠れて、こちらの様子を窺っている。かすかだがグリース油と鉄のにおいがただよってくる。葉陰から突き出している黒いものはあきらかに銃身である。
しかも一人ではない。右にも左に誰かが息をこらしている。
おれは後ずさりをし、威嚇の咆哮をすると身をひるがえして藪のなかに逃げ込んだ。
「逃げたぞ。追え、追え!」
「写真は撮ったか?」
わめきたてる声を後ろに、おれは茨の雑木林を抜け、山の斜面を走って彼らを撒いてしまった。
最初からおれを狙っていたのか、猪でも追っていたところに、おれを見つけたのか、わからない。
いつもやっているように崖の上から椿医師の研究所の屋上におりた。そのとき建物の前にテレビ局の中継車がいるのが見えた。車体にKQTVという文字がある。
外の階段をつたい部屋に戻ると、ビデオカメラや照明装置を担いだ男達がいて、椿医師をとりかこんでいた。台本を手にした女のリポーターがいた。部屋のあちこちを指差しながら喋りの稽古をしている。おれがドアを開けてぬっと現れたのを見て、ひと騒ぎがおき
た。
彼らは「動物家族」という番組のシリーズ化のため、珍しい動物をペットにしている椿医師を録画取材していたのだ。
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コメント
本日、「文芸まるかじり」6月号が届きました。同人誌紹介にて弊誌「木曜日」を取上げていただきありがとうございました。また、拙作についてもご意見を賜り、ありがとうございました。今年は物語を明確にしたつもりだったのですが、つもりは所詮つもりで、全然そうなっていなかったのですねぇ。精進します。
また、ほかのみんなも、自分をしらない方の意見をきっと喜ぶと思いますので、会った折に見せるつもりです。(おっと、「つもり」はいけない)見せます。
投稿: よこい | 2006年6月 9日 (金) 00時27分