評論家・白川正芳氏が外国記者に講演
文芸評論家の白川正芳氏が7月に外国人特派員に向けてスピーチをするという。白川氏は、文題囲碁の名人位をとり、「死霊」の埴谷雄高の全集の編集を、著作者本人に任されたほど親しかった。ドストエフスキーとの関連などもレクチャーしたらどうだろう。外国人特派員にはわからないかな? 「文芸まるかじり」で、現代日本人作家の特集を米国文芸誌が組んだというのを読んで、面白かったという葉書をいただいた。
文芸評論家の白川正芳氏が7月に外国人特派員に向けてスピーチをするという。白川氏は、文題囲碁の名人位をとり、「死霊」の埴谷雄高の全集の編集を、著作者本人に任されたほど親しかった。ドストエフスキーとの関連などもレクチャーしたらどうだろう。外国人特派員にはわからないかな? 「文芸まるかじり」で、現代日本人作家の特集を米国文芸誌が組んだというのを読んで、面白かったという葉書をいただいた。
それから間もなく、由美が椿医師に案内されて、地下室にやってきた。
「えっ、なんなの。これ?」
おれを見て由美は、さすがに顔をひきつらせた。そして、一時おれの視野から外れてしまった。嘔吐しに行ったらしい。
だが、すぐ気を取り直したようだ。
「でも、あなたは痛みとか苦しいことはないのね。それだけでも良しとしなければいけないのかもね。なにしろ、あの医者に治療費ばかり請求されて、もう一億円も支払っているのよ。最高級の医療機器を使っていると言ってるけれど、これが、そうなの?」
と、もの珍しげに観察をした。
「デザインは最悪ね。でも、今はこの機械は固定されているけど、将来これがロボットの胴体のように動かせればサイボーグ人間になるんでしょ。それまでするには、あと幾らかかるの?」という。
彼女の心配はもっともだ。だが、おれにしてみればどうでもいいことだ。おれは、事故のときの車のブレーキの故障が由美か、あの神野という若者の仕業ではないかと、疑っていた。が、もはやそれを追及する気はなくしていた。由美は彼女なりにおれとおれの持っている金のことを心配しているのだ。とはいっても、彼女はおれが、すぐは死なないらしいという事態を知って、内心は早いところ離婚したがっていた。おれはおれで、突然意識がなくなったとしても、全財産が由美に支配されてしまわないように、離婚をして自分の資産を確保しておきたかった。
童話を書きたいという人が少なくない。締め切り間近です。
http://www.shinpusha.co.jp/event/contest/jidoubungaku3/index4.html
それから幾日かは、おれだけが知る孤独なときを過ごした。椿医師の言ったことはほとんど間違っていなかった。昼と夜の区別はラジオでも聞いていないかぎりわからない。食事はない。眠りは椿医師の判断によってその都度、調整卓でセッティングしてくれた。彼は昼夜にわたっておれにかかりきりだった。老齢者には、苛酷な作業だ。さすがにおれにもこんな状態を、長く続けることはできないのが判った。おれのような存在のしかたは、しょせん無理なのだ。
「せっかく命拾いをしたのに、残念だ。どうも限界みたいですね。先生も疲れがひどくなっているようじゃないですか」
「うん、私が倒れたときが、君の命の終わるときだ。だが、わたしは、希望を持っている。心配するな。これしきのことで、今までの研究の成果を無駄にするわけにはいかない」
そこで、椿医師は、思案顔になった。
「じつは、きみの奥さんがしばしば訪ねて来ているのだ。いまのところ、身内にとっては残酷な事態になっているので面会謝絶といってある。だが、いつまでも会わせて貰えないのはおかしいと言い出している。秘密を保つのに、わたしは困っているのだ」
「ああ、由美がねえ。それなら心配はいりませんよ。あいつは、なんでも金で解決することしか、思い浮かばない性格です」
おれは、由美に必ず秘密を守らせるから、会っても大丈夫だと保証した。
「結局のところ君。若いうちはだな、明日こそ明日こそと時間の流れるのを楽しみにして、その日その日を過ごしているが、あるときその明日というのが、何ももたらさなかったことに気づくのだ。人生の意義などというのは、まやかしなのだ。あたかも明日に大いなる希望があるがごとく思い込んで苦しみに耐え、いたずらに死を恐れ、生きることに執着させられているのだ。君だって知っているだろう。
人間は幸福だった時こそは幻のように思えるが、苦しい時のことは生々しく心に残る。
あるいは他人から受けた屈辱は忘れ難いが、恩恵についてはほとんど意識しないで暮らすのだ。だが、それも若いうちはいい。私のように老いてみたまえ。夏の陽光は目をくらまし、冬の風は肺を痛めつける。舌は味覚を捉えそこない、官能の歓びは失われ、苦痛にしかならない。かつて気晴らしであったはずのものが、ただ疲れるだけの空虚な行為に変わるのだ」
語りながらおれを見下ろす椿医師の瞳は、憂いに満ちていた。
翌日、ひさしぶりにゆっくりとした時を過ごしていたが、それもその日の午後までだった。得意先からの緊急呼び出しで夕方には会社に戻らなければならなくなった。
一緒に東京に戻るといっていた由美に、宿泊予約の消化をするように言った。おれひとりシトロエンをころがしてホテルを出たのだった。神野というやつがどんな乗りかたをしたのか知らないが、まさかブレーキがいかれているとは、夢にも思っていなかった。
4
「一応、参考のためにきみの肉体のかわりをしている装置を見せてあげよう」
医師の椿文蔵は、首の動かせないおれのために、鏡で全体の姿を写しだしてくれた。
まず、眼に入ったのはベッド状になった台の下の鉄製のボンベである。台の上には点滴用の容器に似た卵型のカプセル、液体の通過するパイプ、長方形のステンレスの容器など、まるでプラント工場のミニチュアのようだ。モーターやピストンが規則的なリズムで作動している。そこから伸びた無数の細い管や、コードが太いコネクターとなったおれの生首に接続されていた。
平行して置かれた制御卓をべつにしても全長三メートルをこえる装置であった。
それを見せられて、自分が奇妙に冷静なのにおどろいた。妙に実感がない。
「これいつまで正確に働くのです」
おれは訊いた。
「わからん。なにしろはじめて使ったものだから、今後どんなトラブルが発生するか、見当もつかない。もっとも私は、少なくとも半年や一年は完全に作動させるつもりで造ったものだがね。生きた細胞を使っていないから、拒絶反応を招かない。内蔵をメカニズム化したメリットがここにある」
「なるほど、しかしそれが人工装置である以上、いつ故障してもおかしくないな。宇宙ロケットだって、幾度かの失敗がある。宇宙飛行士が犠牲になったような、予測不可能な事故もあった。事故や故障が出た時は、おれの命の終わりなのだね」
「そうだ。しかし、そう危ぶむこともないだろう。街を走っていたとしても、すでにきみが経験したように、交通事故に会って死ぬ確率の方が高いかも知れないのだ。それよりも重要なのは、きみの生死の鍵は私の手にあるということだよ。いまここで私が装置のスイッチを切る決心をすれば、君の存在は終わるのだ」
おれは怒りと同時にある失望感のようなものに、おそわれた。たとえがふさわしくないかもしれないが、自分の車を他人が勝手にのりまわしているのを、はじめて知ったようなものだ。
だが、正直言って我を見失うほどではなかった。神野という若者が、おれの商売となにか関係があるのではないか? もっとはっきりいえば、ここで下手に立ち回ったらなんらかの損失をまねくのではないか? という思惑が頭をかすめていた。
この若者は同業者のなかでも急成長をしている会社の社長の息子なのである。ついさきごろ、大手デベロッパーの住宅地開発の一部をダミー会社のかわりに買収する話をもってきてくれたのは、この男の部下だった。簡単に儲けることができて、運がいいと思っていたが、それなりに裏があったわけだ。
おれは今後とも機会があれば、取り引きをして欲しいと神野に告げ、その場は引き取ってもらった。
「疲れた。ビールをだしてくれ」とおれは言った。彼女は突然涙をながした。嗚咽しながら、冷蔵庫をあけビールを用意し、これからシャワーを浴びていいかときいた。
「ああ、そうしろ」おれは言った。
由美は、離婚させられて一文無しでほうり出されると思ったのだろう。夕食も口にしなかった。
ベッドのなかで、こんなことになったいきさつを聞いた。同業者の記念パーティで由美を連れて出席したとき、神野は妻に目をつけたものらしい。また、由美も男のあしらいにかなりの自信をもっていたのが、よくなかった。そこにうまくつけこまれる結果になったようだ。
その夜、おれは頭のなかでは由美に指一本ふれずにいたかった。そのことで、彼女を罰してやりたかった。そうすれば由美は朝までまんじりともせず、いまの贅沢な暮らしから追放される恐怖をあじわったに違いない。だが、おれは由美を抱きたいという自分の欲望に勝てなかった。おれがその気配をみせると由美は忠誠心を試された牝犬のように性技をつくしてきた。由美の一時的裏切りは不快であるが、つまるところ一円の損失もないのだ。快楽にひたりながら、おれはそう考えていた。
3
ことしの春ごろから、由美は月に一度箱根の仙石原ホテルに一週間ほど滞在し、テニスやゴルフを楽しむようになっていた。もちろん、最初はおれが一緒だった(たしか提案したのもおれだったはずだ)。が、仕事の都合でそうそう付き合っていることはできない。あとから行くと約束したものの、守らなかったことがしばしばあった。
今月はやっと仕事のやりくりがついて、おれは由美のいるホテルへ行った。
午後の四時過ぎだった。駐車場にはおれのシトロエンがあった。まだ、テニスでもしているのだろうと、フロントでキイをもらおうとしたところ、彼女は五階にとった部屋にもどっているという。
エレベータが降りるのを待っているとき、フロントのホテルマンが何気ない動作で、素早く電話をしているのがチラッとみえた。部屋の前に行ってドアをノックした。しばらくしてドアが開き、由美がぼんやりした表情で立っていた。後に若い男が立っている。
「たまたま神野さんが、こっちにくる用事があるというので、東京から車の運転を引き受けてくれたの」
言い訳をする由美は、どうしてこんなに事態になったのか信じられないといった風だ。その言いまわしの語尾もはっきりしない。
「ええと、あなたには以前に……」
「ほら、水戸産業の開発部長をされている……。取手の土地買収のはなしを紹介してくださった会社の……」
由美は、肚をきめたようで、説明しながら部屋の窓を開けた。こもった空気が、冷たい風に吹きはらわれ、三人の気分を落ちつかせた。
2
おれの命を救ったという老医師は椿文蔵といい、小さな医院の院長だった。すでに六十歳をこえている。
おれの名は生田目泰幸。東京・葛飾区の下町で不動産屋を経営していた。
三十二歳のこの時、十四、五億の資産を手中にしていた。とりたてて商才があったわけではない。資格を取って脱サラをした後に、たまたま土地高騰の波に乗っただけだ。
おれは五年前に由美という女と結婚した。彼女は贅沢を好んだ。由美はおれの資産に恋したのだった。おれはそのことを充分知っていた。教養がなく、虚栄心のつよい女だった。友達は多かったが、親しくつきあっている者はいない。友達といわれる連中は、おそらく陰で由美を悪趣味な女だと言い合っているにちがいない。おれは彼女の直情的とも思える性格が嫌いでなかった。
いまでも覚えているのは、シトロエンを彼女に運転させてドライブしてた時のことだ。
前を走っていた小型トラックを追い抜くとそいつが幅寄せしてきた。彼女は窓から思い切りどなった。
「貧乏人め。いいかげんにしやがれ」と。
二十四歳になる由美は、品性に欠けていたが、反面、少女のようなあどけない表情を持っていた。肉体は豊満で男を悦ばせることに長けていた。顔と肉体のアンバランスなところもまた奇妙な魅力があった。
「わたしってね、面白いように男の人に気に入れられちゃうの」
あっけらかんとそう言って、よく他人を鼻白ませたものだが、言っていることは事実だった。
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1
静かだ。規則的な音がする。心臓の鼓動と肺の呼吸に似たリズムの音だ。長い灰色の時間が過ぎたことを感じていた。
天井を見ると、殺風景な蛍光燈が光っている。見える範囲の壁はコンクリートがむきだしになっている。倉庫のような天井の明かりをさえぎり、白衣の男が頭上に立った。
「意識がもどったようだね。気分はどうかな?」
返事をしようとしたが、声がでない。
「ああ、そうだ。発声補助装置のスイッチを入れ忘れてたな」
男は、なにかを操作したあと、「どうかね? 声を出してみたまえ」と言った。
あまった肉が首にさがり、頬のこけた顔が目の前にせまってきた。度の強い眼鏡をかけている。憂欝そうな顔だ。
「ここは、どこ? どうなっているんだ?」自分の声が耳に低くこもって響いた。
「病院に付属しているわたしの研究室だ」
「研究室……。なぜだ?」
「きみは自動車事故をおこして、わたしの医院に運び込まれてきた。このあたりには大病院がないからな。だが、どんな大きな病院でも、きみの命を救うことはできなかっただろう。それほど肉体の損傷はひどかった。むだと知りつつ、心臓マッサージと人工呼吸をしてみた。しかし、いつまで続けても蘇生しなかった。だれがやっても結果はおなじだったろう。きみは死ぬ運命にあったのだ」
「なにを言ってるんだ。おれはこうして生きているじゃないか」
おれは、そう言いながらも、この男が話によく聞く、あの地獄の死神という奴ではないのかと思い、ぞっとしていた。
「じつはきみはもう肉体がない。ここにあるのは精巧な人工臓器システムだ。きみの頭脳は、わたしが仕事の合間にこつこつと造り上げた臓器の集合によって、生命が維持されている……」
「えっ、なんですって……。肉体がない?」
「いや、話をさせてくれ。無断でこのようなことをしたのは、よくないことだ。しかし、本人は意識がないし、親類をさがして許可を得るには時間がかかる。その間に、きみの若い頭脳も死んでしまう。わたしだって若くはない。再びいつこんな機会にめぐまれるかわからない。そこで、医院の連中には、別館の集中治療室に移すということでわたしの家の研究室の臓器システムにきみの頭部を接続したのだ」
男はおれの思惑をよそに、言い訳をするように説明した。
彼の語っている意味を理解するのには、えらく時間がかかった。頭だけで生き残ったおれ……。なんということだ。おれは気分が悪くなり吐きたくなった。だが、それはただ喉が鳴ったにすぎなかった。
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《中国新聞・平成18年2月19日付より》広島県詩人会員の望月雅子さん(70)=筆名・北川加奈子=が、2冊セットを渓水社から刊行した。乳がん、糖尿病などの度重なる病の中で揺れる心や、自らの歩みを振り返る文章が綴られている。
詩集は、題材ごとに分けて73編を収録。若くして姉や父母ら家族への思い、戦中戦後の回想、闘病中の心象風景など、心のうちを真っすぐな言葉で吐露。雄大な宇宙や空に思いをはせた詩もある。
「雲が骨に見えて来た!/病んだ月日が余りにも長いから、目が透明になって、何もかも透けて見えるのか。」(「空と雲」より)
また、45編からなる随筆集は、東京で過ごした少女時代や結婚前後など、自らの人生をたどる作品が並ぶ。望月さんは「試作を通じ『生きるとは何か』と考え、ヒューマニズムにたどり着いた。両親のまじめな生き方が自分の基礎にあると」語る。 「文芸まるかじり」2006年5月号(通巻65号)より
野田吉一さんよりの便り。
山川豊太郎さんや鶴樹・由利鎌之介氏の文章、ますます面白いですね。長くやれば辺見庸や吉本隆明の時評にも劣らぬものになるんじゃないかと期待しております。
と、あるが、それって読んだことがない。
昨日、用事で経産省本館に行ったら、展示会をやっていたのでPJ記事に
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休みだから、一応取材に行ってきたPJ記事。http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1924997/detail
アメリカCIA長官が辞任。9・11以来、CIAは激動している。他国で、戦争をさせるための謀略に長けた組織であるが、腐るほどの予算を使っているので、大きい利権が予想され、長官になりたがる人が多いはずなのに、なり手がない。なにか、まずいことが内部にあるのだろうか。
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そこで、椿医師が望んでいたように、おれの手術の詳細については、他人に話さないという約束を由美からとりつけた。そして押し入れにしまってあった現金の全部を分与し、離婚をした。
整理して残ったのは四億円強であった。すでにバブルがはじけてきていた。おれは、半分を椿医師の研究費に寄付することにした。
そのころから、人工臓器の調子が悪くなって、おれは幾度か意識を失うようになっていた。血液循環システムに人工血液のカスがたまり、血栓をおこすのだという。
いよいよ、最期のときが来たらしい。覚悟をきめていると、医師があらたまって、「生田目君。以前に君の妻君から受け取った一億円は、何に使ったと思うね?」ときいてきた。「治療費でしょう」
「それほんの一部だよ。じつは極秘のうちにゴリラを買ったのだ」
「ゴリラって、生きているのを?」
「もちろん。しかもマウンテンゴリラだ。こいつはそこいらの動物園で見られるロウランドゴリラより進化している種類なのだよ」
「それが、何か……?」
「君は肉体が欲しくはないのかね。私はゴリラやチンパンジーを動物実験をしていた時によく考えたものだ。動物の臓器を人間に使えたら……と。だが、いまの君にはもっと飛躍した発想が必要だ。君の頭脳をゴリラの肉体に供給するのだ」
椿医師は目を輝かせた。すっかり憂欝病から脱けだしているようだ。
「そうなると、おれはどうなるんです?」
そう言ってから、またおれは気を失ってしまった。
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