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2006年5月22日 (月)

鶴樹の「肉体の変奏」-6-

 翌日、ひさしぶりにゆっくりとした時を過ごしていたが、それもその日の午後までだった。得意先からの緊急呼び出しで夕方には会社に戻らなければならなくなった。

 一緒に東京に戻るといっていた由美に、宿泊予約の消化をするように言った。おれひとりシトロエンをころがしてホテルを出たのだった。神野というやつがどんな乗りかたをしたのか知らないが、まさかブレーキがいかれているとは、夢にも思っていなかった。

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「一応、参考のためにきみの肉体のかわりをしている装置を見せてあげよう」

 医師の椿文蔵は、首の動かせないおれのために、鏡で全体の姿を写しだしてくれた。

 まず、眼に入ったのはベッド状になった台の下の鉄製のボンベである。台の上には点滴用の容器に似た卵型のカプセル、液体の通過するパイプ、長方形のステンレスの容器など、まるでプラント工場のミニチュアのようだ。モーターやピストンが規則的なリズムで作動している。そこから伸びた無数の細い管や、コードが太いコネクターとなったおれの生首に接続されていた。

 平行して置かれた制御卓をべつにしても全長三メートルをこえる装置であった。

 それを見せられて、自分が奇妙に冷静なのにおどろいた。妙に実感がない。

「これいつまで正確に働くのです」

 おれは訊いた。

「わからん。なにしろはじめて使ったものだから、今後どんなトラブルが発生するか、見当もつかない。もっとも私は、少なくとも半年や一年は完全に作動させるつもりで造ったものだがね。生きた細胞を使っていないから、拒絶反応を招かない。内蔵をメカニズム化したメリットがここにある」

「なるほど、しかしそれが人工装置である以上、いつ故障してもおかしくないな。宇宙ロケットだって、幾度かの失敗がある。宇宙飛行士が犠牲になったような、予測不可能な事故もあった。事故や故障が出た時は、おれの命の終わりなのだね」

「そうだ。しかし、そう危ぶむこともないだろう。街を走っていたとしても、すでにきみが経験したように、交通事故に会って死ぬ確率の方が高いかも知れないのだ。それよりも重要なのは、きみの生死の鍵は私の手にあるということだよ。いまここで私が装置のスイッチを切る決心をすれば、君の存在は終わるのだ」

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