2009年12月24日 (木)

テレビ草創期の光と影描く「世界は俺が回してる」なかにし礼さん

「世界は俺が回してる」を刊行した、なかにし礼さん。「新聞小説の魅力?すぐに読者の反応が分かるのがいい」と語る 今年1月から8月末まで産経新聞朝刊で連載されたなかにし礼さんの小説「世界は俺が回してる」が角川書店から刊行された。作品は、昭和の高度成長期、たぐいまれな独創性と行動力で画期的な音楽番組やイベントを仕掛けた伝説のテレビマンの生涯を描いた。なかにしさんは「昭和のテレビと音楽番組を舞台に、一人のプロデューサーの名を借りて芸能の持つ力、その魅力を伝えたかった」と振り返った。(戸津井康之)(産経ニュース09.12.21)
 “ギョロナベ”の愛称で親しまれ、また恐れられた元TBSプロデューサー、故渡辺正文氏をはじめ、登場人物はすべて実名で登場する。
 実話がベースだけに綿密に取材を重ねた。「まず最初に大学ノートを持って40人近くの関係者に直接会いました」。一人一人承諾を取り信頼関係を築き、詳細に話を聞いて歩いた。
 清濁併せ呑む辣腕(らつわん)プロデューサーの生涯を「美化つもりは一切なかった」と言い、東京音楽祭を成功に導いた輝かしい功績を書き記す一方、不祥事など負の半生も赤裸々に描いた。
 なかにしさんに小説家の肩書が加わったのは還暦を迎えてからだ。作詞家として幾多の名曲を世に送り出し昭和の音楽史に名をとどめながらも、時代が平成に変わるころ、「歌ではなく小説でしか書けないものを今、書いておきたい。それが使命ではないか」という思いに駆られたという。
「世界は俺が回してる」を刊行した、なかにし礼さん。「新聞小説の魅力?すぐに読者の反応が分かるのがいい」と語る 作詞家時代は「ずっと頭の中で音楽が聞こえていた」という。だが、平成5年、書く覚悟を固めた時には「頭の中からすうっと音楽が聞こえなくなっていた」と明かす。書こうと決めてから数年かけて夏目漱石やサマセット・モーム、ドストエフスキーの全集を繰り返し読み、意識して作詞家から小説家の頭に切り替えていった。「同じ言葉でも作詞と小説は違う。作詞は短距離選手の筋肉、小説の場合は、マラソンのような長距離選手の筋肉を使うと例えたらいいでしょうか」
 「世界は俺が-」は新聞での長期連載。「連日昼から夜9~10時ぐらいまで書く生活でした。書いていて気になったところは事実を確かめるため関係者に電話で確認しながら…」と取材と平行しながらの執筆作業だった。
 日々、連載に追われるプレッシャーは?
 「それがなかった。私にとってはちょうどいいペース。逆に読者からの反応がすぐにあるから書き甲斐があるんですよ」。音楽家として舞台の喝采(かっさい)を浴びる感覚が蘇ったという。

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2009年12月17日 (木)

赤井都さん「豆本づくりのいろは」発売中

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 豆本の世界ではヒット企画となっているガチャポン販売が第九回文学フリマでも「豆暦」ブース参加した。ガチャポンというのは、駄菓子やで売っている子供向けの販売機の応用。
第1回文学フリマから参加してきた、「言壷」グループの赤井都さんのコメント。
            ☆
『豆本づくりのいろは』100冊著者売りしました。ちょっとヘトヘトですが、ありがとうございます! 通販アンケートで、本はとても好評です。きれい、わかりやすい、内容が詰まっている、など。今月から、メルマガを購読される方もたくさんいらっしゃいます。10日発行の予定が遅れたので、「届かないよ?」と気にされていた方もいらっしゃるかと思いますが、「だいたい10日発行」ということでどうぞよろしくお願いします。
赤井 都・著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
豆本作家。文筆家。2006年、ミニチュアブック協会(本拠地アメリカ)の国際的な豆本コンクールで、独学で初めて作ったハードカバー豆本で日本人初のグランプリを受賞し、2007年連続受賞。2006年より個展、グループ展、ワークショップ講師多数。オリジナルの物語とその世界観を表す装丁に惹き付けられるファンは多い。豆本朗読会、豆本がちゃぽんを発案、継続中。2009年ルリユール工房入門修了、現在パッセ・カルトン、書籍の修理と保存受講中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『豆本づくりのいろは』

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2009年12月 6日 (日)

大先輩に敬意 紫式部文学賞の桐野夏生さん

 小説『女神記(じょしんき)』(角川書店)で、第19回紫式部文学賞を受賞した作家の桐野夏生さんが、「源氏物語」ゆかりの京都府宇治市での贈呈式で、「小説家になれば朝から晩まで小説のことを考えていられる。それは最高の幸せ」とデビュー前、職業作家になろうと試行錯誤した時代を回顧。作家となった後も、「人間に対する鑑識眼を持ち、どれだけ魅力ある人間を書けるか」が問われる怖さも感じたと吐露した。
 そして、「源氏物語」を、「1000年も前に書かれ、いまだに人を魅了する巨大で緻密(ちみつ)な物語。これを超える小説は世界中探しても存在しない」と絶賛。「多分、紫式部は物語を書くことに淫(いん)していた。物語に埋没するあまり、彼女の現実は物語の中に吸い取られていたと思う。なんと幸せな人生でしょう」と、その名を冠する賞を得た喜びを語った。(09年12月1日 読売新聞)

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2009年11月19日 (木)

姜尚中ブームの謎に迫る。鋭い分析 やさしい論述

「三四郎と美禰子の出会いの場面は印象派の絵のよう」と語る姜さん(東大本郷キャンパスの三四郎池で=飯島啓太撮影) 本を出せばベストセラー、テレビでは討論番組のコメンテーター、美術番組の司会とひっぱりだこ――。政治学者で東大教授の姜尚中(カンサンジュン)氏が多彩な活躍を見せている。“姜ブーム”の背景には何があるのか。(泉田友紀)
 氏は、討論番組「朝まで生テレビ!」の常連論客として知られ、在日2世の立場から朝鮮半島問題を積極的に論じるなど、政治をめぐって鋭い社会的発言をしてきた。2004年には生い立ちと心の遍歴をつづった半生の自伝『在日』(講談社)がベストセラーとなった。
 ブレークを決定づけたのは、昨年刊行された85万部のベストセラー『悩む力』(集英社新書)。マックス・ウェーバーと夏目漱石という100年前の同時代人を通じ、悩みの本質に迫った。今年4月からはNHK教育「日曜美術館」の司会に起用され、来年の刊行に向けて実母をテーマに小説を執筆するなど、専門を超えて活動の幅を広げている。人となりを紹介したDVD付きのムック本『姜流』(朝日新聞出版)も話題を呼んだ。
 最新刊『リーダーは半歩前を歩け』(集英社新書)では、韓国の元大統領で、今年8月に亡くなった金大中氏との対談を軸に、先の見えない時代をリードする人材論を展開している。

 <私は子供のころから、「リーダー」というものが根本的に向いていない性格でした>と自らの人生に重ね合わせながら、リーダー像を考察。カリスマ性に満ちた人物が大衆を引っ張るのではなく、だれもがリーダーになりうる時代の心構えを提案し、政治参加の大切さを訴えた。担当編集者の落合勝人さんは「鋭く状況を分析し、わかりやすい言葉で伝えられる人」と、その魅力を語る。
 一方、『マックス・ウェーバーと近代』(岩波現代文庫)などを担当した編集者、林建朗さんは「原書を読み込む地味な研究が一種の重しになって、多彩な分野を論じても軽薄に流れない」と話す。
 端正なルックスやソフトな語り口だけが人気の理由ではない。天下国家を論じる場合、どこか「自分」が置き去りにされがちだが、氏は自身の問題に引き寄せ、身近な言葉で社会や生き方を論じる。読者はそこに引きつけられるのではないだろうか。
 ――幅広い活動の理由は?
 日本では政治、経済、文化など、領域ごとに垣根がある。領域横断的に自己表現することで何かが学べるのではないかと思い、マルチな場に出てみた。時代と「添い寝」した部分があるかもしれません。
 ――イメージが先行することをどう思うか。
 いろいろな場に出る上で仕方がないこと。テンポの遅い話し方を揶揄(やゆ)されることがあるが、高校時代に軽い吃音(きつおん)になり、自分の話を耳で確かめるスピードになってしまった。戦略的な意味は全くない。ファッションもほとんど妻まかせで、あまりポリシーはない。
 ――今後の活動は。
 私も来年で還暦。今後5年間で、自分のあるべき方向に収束していこうと思う。物を書き、そして学問の分野では、ライフワークの「日本の戦後」を考えたい。人生の秋は、少し落ち着いてやりたいと思っています。(09年11月16日 読売新聞)

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2009年11月18日 (水)

「笑う警官」映画化 原作者、佐々木譲さんに聞く

 北海道警の不祥事をテーマに描いたミステリー小説「笑う警官」が映画化され、公開中だ。原作者の佐々木譲さん(59)は「地味な地方警察の物語が、映画で描けばこうなるのかと感心しました。俳優の存在感が、小説の登場人物の違った魅力を引き出していた」と語る。1作目の「うたう警官」(後に「笑う警官」に改題)から道警シリーズは4作目となるが、「10作まで書くつもりです」とますます意欲的だ。(戸津井康之)
 「実は事件が発覚する1年ほど前に、この事実を知りました」と佐々木さんは明かす。事件とは、道警が組織ぐるみで行っていた捜査費の裏金問題。別の小説に登場させる警察官を描くため関係者を取材していた時に、偶然、耳にしたのだ。「でもその時は信じられませんでした。まさかこんな不祥事に発展するなど…」
 旭川中央署の不正経理に端を発した裏金問題は、その後、道警の不正の新事実が次々と発覚し、警察組織全体に蔓延(まんえん)していた闇の深さが明らかになっていった。
 そんな時期、ある人物から「警察小説を書きませんか」と勧められる。
 佐々木さんは警察小説の巨匠、マルティン・ベックの大ファンで、その人物が20代のころ出版社の編集者として手掛けたのがベックシリーズだった。ある人とは角川春樹さん(67)。今回の映画化ではプロデューサー兼監督を務めている。
 《札幌市内のアパートで女性の死体が発見させる。女性は現職警官。札幌大通署の警部補、佐伯(大森南朋)は事件の背後に組織的な陰謀を感じ、独自に捜査を始めるが…》
 「笑う警官」は最初、「うたう警官」というタイトルで刊行された。“うたう”とは警察の隠語で「自供」の意味。こちらも意味深長で味わい深い題名だが、ベックの代表作の一つ「笑う警官」に敬意を払い、角川さんの勧めもあり改題したのだという。
 警察内部の闇に切り込む道警シリーズは、新たなスタイルの警察小説というジャンルを築いた。「これまでのように勧善懲悪の警察をヒーローにした小説は今後、描きにくくなるかもしれません。ただ、私はあくまで現場の警官に敬意を払って描いています」
 なぜ道警シリーズを10作まで続けたいか、その理由を聞くと「ベックシリーズが10作まで続いていますからね。そのオマージュ(敬意)です」と笑顔で答えた。(産経ニュース09.11.16)

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2009年11月 5日 (木)

著者メッセージ: 円居挽さん 『丸太町ルヴォワール』

(講談社『BOOK倶楽部メール』 2009年11月1日号)
  はじめまして、円居挽です。最近、単行本作業のために『丸太町ルヴォワール』を読み返して、この作品がそのまま自分の学生生活の縮図になっていることに今更ながら気がつきました。さよならした筈の恥ずかしい青春が一冊の本として帰ってくるなんて、恐ろしいことではありませんか。当分は本屋に近づかないことにします。
  そんな『丸太町ルヴォワール』ですが、当然のように傑作です。私からまっとうな学生生活を奪った犯人である『彼ら』が主役の物語なのですから、面白くない訳がありません。読者の皆様には特等席をご用意しました。どうぞ、最後の一ページまでお楽しみ下さい。(円居挽)

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2009年11月 3日 (火)

純文学の共作ユニット「大森兄弟」の挑戦

 綿矢りさ、青山七恵、礒崎憲一郎…と、近年立て続けに芥川賞作家を輩出している文芸賞(河出書房新社主催)の受賞者に、またユニークな才能が加わった。「犬はいつも足元にいて」で今年の同賞を射止めた、実の兄弟による共作ユニット「大森兄弟」だ。文体も呼吸もぴったりの2人は「1人で書こうと思ったことは一度もない」と声をそろえる。
 兄(34)は看護師で弟(32)は会社員。愛知県生まれの2人が小説の共作を始めたのは10年前。弟が書いた文章に、兄がちょっとしたアドバイスをしたのがきっかけだったという。
 メモも取らず、2人でしゃべりながら作品のイメージを膨らませる。あとは主にメールのやりとりだ。お互いに相手の書いた部分を膨らましたり削ったりしながら、先を書き継いでいく。受賞作はそんなキャッチボールを10回以上繰り返して出来上がった。母親と、離婚して家を出た父が置いていった黒い犬と暮らす中学1年生の「僕」。忠実な犬がもたらす家族や同級生との関係の微妙な変化をユーモアを交えてつづっている。
 「予想しない続きが来て最初は『大暴投だな』と思っていたものでも不思議と納得できてしまう。やっぱり価値観が似ているんだと思う」と弟は振り返る。
 論理性を重視するミステリー小説などとは違い、登場人物の内面へと深く切り込んでいく純文学では共作は珍しい。選考委員の斎藤美奈子さんも「『文学は個人の自我の発露である』という旧来の文学観は音を立てて崩れる」とまで評した。それでも、当の2人は「小説に興味を持って書き始めたときにはもう2人だったから」とあくまで自然体。もっとも「根気強い弟にいつも助けられている」(兄)、「兄は自分にない柔軟で自由な発想を持っている」(弟)…というように、お互いを尊敬し合っていたからこそ成功したのは間違いないだろう。
 「私たちの小説には『通じ合う』喜びがちりばめられている。その喜びが届くような作品を2人で書き続けたい」。弟がそう言うと、兄も笑顔でうなずいた。(海老沢類)(産経ニュース09.11.2 )

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2009年10月23日 (金)

日本ファンタジーノベル大賞 「増大派に告ぐ」の小田雅久仁さん

 「読者のすべてを敵に回しかねない」(鈴木光司選考委員)ほど危うい熱気をはらむ作品として、第21回日本ファンタジーノベル大賞(読売新聞東京本社・清水建設主催)の選考会を沸かせたのが、小田雅久仁(まさくに)さん(35)の受賞作「増大派(ぞうだいは)に告ぐ」だ。もう一つの大賞受賞作、遠田(とおだ)潤子さんの「月桃夜(げっとうや)」との同時刊行(新潮社)を来月に控え、仕上げに追われている。
 巨大な団地に住む少年と団地の公園に住み始めたホームレス男性が、それぞれ抱える家族や社会への鬱屈(うっくつ)を交錯させる物語。「それまでスケールの大きな話に挑んで挫折していたので、子供時代住んでいた団地にホームレスがいた記憶から書き始めてみた」という。
 圧巻なのは、社会に増大派と減少派という2大勢力が存在し、水面下で争いを繰り広げているという男性の狂おしい妄想。それが、正体も分からぬまま、彼の生きる日常に食い込んでくる。「彼は優秀と思っている自分を減少派と呼び、大衆である増大派が嫉妬(しっと)して足を引っ張っていると考えている」。そして、格差社会の暗い情念を封じ込めたような妄想は破局へと至り、重い読後感を残す。
 挑発的な小説とは違い、本人は謙虚でさわやか。関西大卒業後、保険調査の会社に勤めたが、「サラリーマンは向かない」と28歳で辞め、アルバイト生活の傍ら小説新人賞への応募を続けてきた。
 受賞について、「自分の書いたものが広がっていくことへの怖さもある」と打ち明ける。「これから修業を積んで、読者に読んだ後何かが変わったと思わせるような、力強い話を書いていきたい」
(09年10月20日 読売新聞)

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2009年10月15日 (木)

吉村萬壱さん 新作「独居45」迷惑な「異常作家」創造

 芥川賞作家の吉村萬壱(まんいち)さん(48)が、新作『独居45』(文芸春秋)を刊行した。強烈過ぎる個性と言動から、周辺住民に迷惑と波紋を広げる作家・坂下宙ぅ吉の異常な生活は、まさに萬壱ワールドだ。
 「僕が単なる読者だった時、作家というものにすごい興味があった。この小説は、自分のことを書こうというのが始まりでした」
 40歳の時「三つ編み腋毛(わきげ)」で新人賞を受けデビューし、5年で著書は受賞作と「粘着三昧(ざんまい)」の2冊だけ。孤高の純文学作家・宙ぅ吉は一戸建てに独居し、近隣からえたいの知れない人物と見られている。彼にあこがれる作家志望の青年、彼のことが気になる隣の理髪店主、県営住宅の主婦らは、この非日常的な怪物に振り回される。
 「困った男がご近所迷惑をかけて、という筋やけれども、最終的にはご近所連中の方が、あこぎで、あくどいやないかという逆転も意識しました」。臭いものにふた、都合が悪いと見て見ぬふりの「良識」に、宙ぅ吉は冷水を浴びせる。講演会では「本物の作家というのは血で書くものです」と、凄惨(せいさん)な上半身をさらす。「僕は皮膚感覚がないとピンとこない。観念的な小説には体のどこも反応しない」
 だから吉村作品には粘膜、粘液、分泌物のたぐいがよく出てくる。そして残酷なもの、痛いもの。今春刊行の短編集『ヤイトスエッド』(講談社)にも、そんな作品が並ぶ。「上手な書き手さんは山ほどおるので、自分ができることって考えたら、毒をもること。さらっと流してもしょうがない」
 2001年にデビュー、教師をしながら執筆してきた。トイレではニーチェ全集の文庫本を少しずつ読む。「哲学者の言葉は本質を突いているので、一言だけでインスピレーションを得られる時もあります」。次はSF長編を準備中という。(09年10月20日 読売新聞)

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2009年9月27日 (日)

古処誠二さん:『線』(角川書店) 戦争中の人間描き続ける

 作家の古処誠二(こどころせいじ)さん(39)が短編集『線』(角川書店)を刊行した。フィリピン戦を舞台にした『ルール』(02年)、日系米兵の視点で沖縄戦を描く『接近』(03年)など、太平洋戦争をテーマに小説を書き続けている著者が、新刊ではニューギニアでの戦いを題材に選んだ。
 「マラリアで苦しんだことが他の戦場と比べて際立っている。いつか書こうと思っていた」。今年3月、現地を訪ねたが、直接その見聞を作品には入れていない。「健康で、すぐに帰国できる人間の感覚で見たものを小説に入れると、当時とはずれてしまうかもしれないと思う」
 連合国軍の拠点攻略を目指すが、やがて敗走していく日本軍を輜重(しちょう)兵(食糧、弾薬などの輸送が任務)、工兵、病兵や台湾の原住民族で結成された高砂(たかさご)義勇隊などさまざまな視点で描く。
 「あの戦争をどう考えるか、個々の兵士をどうとらえるか、という政治的、思想的なことには興味がない。戦争は実際悲惨だったが、それを訴えたり、だからといって戦争を批判する気もない」。ニュートラルでいることを心がけている。
 「戦争小説」と言われることも嫌う。「人間の姿をいろいろ描くのが小説の魅力ではないかな。書いているのは戦争中の人間の話。戦争中以外の話は他の作家が書いているので、私がやる必要はない」
 高校卒業後、さまざまな職業を経て航空自衛隊に入隊。在籍中、必要があって戦史を勉強したところ興味を覚えたという。7年ほどで自衛隊を辞め、小説を書き始めた。戦争を描くのは職歴とは関係がない。たまたま戦史に関心があるのと、他に書いている人がいないから。こうした経歴を紹介されるのも、「小説に先入観を与えるから」実は嫌なのだという。
 「本当に自由に読んでもらいたいなあ」【内藤麻里子】(毎日新聞 09年9月23日)

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