2009年12月29日 (火)

09文化部記者のベスト3(三品貴志)「1Q84」を除くと… 「文芸書」編

 出版業界の今年を振り返ってみれば、村上春樹『1Q84』(新潮社)に尽きる1年だったと言っていいだろう。出版不況が叫ばれる中、とにかく売れに売れた同作は、新潮社によると、12月初旬までにBOOK1、BOOK2合わせて累計223万部を発行、トーハンやオリコンの年間ベストセラーでも1位を飾った。平成21年2月のイスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」受賞スピーチに始まり、今年は“ハルキ人気”を再確認させられた1年だった。
 そんな中、誠に僭越(せんえつ)ながら、今年の文芸書ベスト3を選ばせていただくことになった。選定に当たっては、やはり“しばり”がないと興がそがれるので、今年「単行本化」された国内作家の文芸書のうち、(1)『1Q84』を除く(2)文学賞・文芸賞受賞作を除く-という条件を付してみた。異議申し立てやおしかりがあるかもしれないが、独断と偏見で選んだ3冊は以下の通り。
(1)中村文則『掏摸(スリ)』(河出書房新社・1365円)
(2)桐野夏生『IN』(集英社・1575円)
(3)古井由吉『人生の色気』(新潮社・1680円)
 1位の中村文則は、17年に『土の中の子供』で芥川賞を受賞した作家で、硬質な文体と「純文学」の王道を行くような古典的テーマ性を持つ作品で知られる。8冊目の単行本となる本作の主人公は天才スリ師。濃密だが平易な文体でつづられたスリの緊迫感は小気味よく、ぐいぐい読み進められる。硬派な筆致と物語の娯楽性が見事に融合し、作者の新境地を開いている。今作で完結はしているものの、“続編”の期待も込めて1位とした。
 続いて2位の桐野夏生は、言わずと知れたベストセラー作家。編集者との不倫関係を終わらせた女性作家が、恋愛の「抹殺」をテーマにした新作小説の執筆のため、物故した男性作家の謎の不倫相手の取材に取りかかる。真実とは、そして小説の「虚構」とは-。ドラマ、映画化もされた代表作『OUT』に呼応するタイトルの本作は、作者の小説観が強くにじみ出た刺激的な作品だ。
 3位の古井由吉『人生の色気』は、小説ではなく、著者本人がインタビューや対談で語った言葉をエッセー風に編集者がまとめた。難解な文体で知られる純文学作家が、自身の戦争体験や作家半生、青年期や老いをめぐる考察について、日本特有の「エロス」を絡めながら語っている。今の人に「色気がなくなった」のはなぜか-。文学好き以外の読者にもぜひ手にとってほしい一冊だ。(三品貴志)(産経ニュース09.12.29)

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2009年12月28日 (月)

「毎日新聞」西日本地域版(09年12月21日)「言葉の森から」小説編<10~12月>松下博文氏

タイトル「気配と感覚の文学」
《対象作品》河合愀三「霧と蜘蛛と」(「龍舌蘭」177号)、松ケ迫美貴「ムジナ」(第13回福岡県高等学校総合文化祭文芸コンクール散文部門最優秀作品)。(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2009年12月27日 (日)

【文芸時評】1月号 早稲田大学教授・石原千秋(産経新聞09.12.27)

 純文学の危機と商業主義
《対象作品》対話・大江健三郎&古井由吉「詩を読む、時を眺める」(新潮)/東浩紀と平野啓一郎「情報革命期の純文学」(同)。
【文芸時評】1月号 早稲田大学教授・石原千秋 純文学の危機と商業主義
 「対話」は、平野啓一郎の話題作『ドーン』(講談社)と東浩紀初の小説『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)を巡るはずだったろうが、現在の批評と純文学の置かれた状況論にほぼ終始している。
 平野は、いま純文学は1万部売れれば御の字の時代になってきていると言う。とすると、印税は150万円ほど。純文学作家は量産できないから、これでは食べてはいけない。東は、そんな状況においては「文学を外部に開く」必要があり、平野がその「責任」を果たそうとしていることを評価している。それはやはり「作家の自己プロデュース能力」ということになる。しかし、それをしてきた東自身が「疲れてしまった」とも言っている。

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2009年12月23日 (水)

エンターテインメント小説・閉塞した今を考える(読売新聞文化部 佐藤憲一)

 ゼロ年代の終わりのエンターテインメント小説もまた、「20世紀」や「昭和」という前時代を見つめ直す問いに満ちていた。生誕100年の松本清張や10年ぶりの新作『運命の人』(文芸春秋)を発表した山崎豊子(85)という、昭和の抑圧された人々に共感してきた作家が注目されただけではない。
 奥田英朗(50)は、吉川英治文学賞の『オリンピックの身代金』(角川書店)で高度成長期の格差問題をとらえ、篠田節子(54)は、オウム真理教の事件以来の宿題だった新興宗教の虚実を柴田錬三郎賞の『仮想儀礼』(新潮社)で明らかにした。
 今や国民的人気の東野圭吾(51)が『新参者』(講談社)で見せた昭和的な下町人情と謎解きの融合や、戦争に向かう世相を華族の生活を通し再現した北村薫(59)の『鷺と雪』(文芸春秋)の直木賞受賞も無縁ではない。
 その問いは後ろ向きな感傷ではなく、今の息苦しさを考えるヒントを含む。奥田が新作『無理』(同)で現代の地方の疲弊を突き、格差社会を一本の線で結んだことが好例だ。
 総じてベテランが気を吐いた印象が強く、『ダブル・ファンタジー』(同)で3賞受賞の村山由佳(45)の大人の性への脱皮や天童荒太(49)『悼む人』(同)の直木賞受賞も話題を呼んだ。
 昨年のように登場後すぐ脚光を浴びる新鋭は少なかった。しかし、『SOSの猿』(中央公論新社)で物語の存在理由を考えようとした伊坂幸太郎(38)始め、ゼロ年代デビューの書き手の才能は豊かだ。男性では道尾秀介(34)、米澤穂信(31)、森見登美彦(30)、女性では、ライトノベル的感性も持つ有川浩(37)、辻村深月(29)のほか宮下奈都(42)らへの期待が高い。
 中でも新鋭ラッシュに沸くのが、時代小説だ。直木賞受賞の山本兼一(53)、葉室麟(りん)(58)ら熟年の手だれに加え、和田竜(りょう)(39)ら革新児が出てきている。武将に引かれる女性「歴女」ブームと考え合わせれば、読者の輪はさらに広がるだろう。インターネット万能の無機質な社会で、喪失した人の温かみや野性が物語に求められている。
 5月に亡くなった栗本薫の『グイン・サーガ』(ハヤカワ文庫)の最終巻130巻目が先日出た。がんと闘い世界最長の物語を書き続けた鋼の意思は、2010年代への遺言に見える。(09年12月15日 読売新聞)

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2009年12月22日 (火)

文芸評論家5氏が選んだベスト3(読売新聞12月15日)

★池田雄一(文芸評論家)=奥泉光『神器 軍艦「橿原」殺人事件』(新潮社)/辻原登『許されざる者』(毎日新聞社)/笙野頼子『海底八幡宮』(河出書房新社)
★石原千秋(早稲田大学教授)=村上春樹『1Q84』(新潮社)/川上未映子『ヘヴン』(講談社)/橋本治『巡礼』(新潮社)
★川村湊(文芸評論家)=橋本治『巡礼』/川上未映子『ヘヴン』/中村文則『掏摸(スリ)』(河出書房新社)
★斎藤美奈子(文芸評論家)=青木淳悟『このあいだ東京でね』(新潮社)/前田司郎『逆に14歳』(新潮10月号)/丸岡大介『カメレオン狂のための戦争学習帳』(講談社)
★沼野充義(東京大学教授)=川上未映子『ヘヴン』/高村薫『太陽を曳く馬』(新潮社)/村上春樹『1Q84』

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2009年12月21日 (月)

【回顧2009 文学】戦後問い直す「団塊」世代(読売新聞文化部 山内則史)

 エルサレム賞の「壁と卵」スピーチ、1Q84現象、先日発表されたスペイン政府の芸術文学勲章授与――。文字通り、村上春樹(60)に明け暮れた1年だった。最大の話題作『1Q84』(BOOK1・2)は、天吾と青豆の恋愛物語の形をとりつつ、1995年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件で顕(あら)わになった戦後日本のシステム破綻(はたん)とそこに至る精神史という重いテーマを響かせる。サリン被害者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』以来、「悪」の問題をどう引き受けるかを模索してきた作家の集大成になるだろう大作。その結末は、来年刊行予定のBOOK3以降に持ち越された。
 混迷を深め、閉塞(へいそく)感に覆われた時代ゆえなのか。時をさかのぼり、過去から自分たちがいま立っている足元を照らそうとする試みは、村上作品に限らない。
 平成6年(94年)、大阪・十三(じゅうそう)の古ビルに住人を立ち退かせる目的で不動産会社の男が管理人として赴任する宮本輝(62)『骸骨(がいこつ)ビルの庭』(講談社)は、戦災孤児たちを復員した男が養育するという、この地に隠された人間の絆(きずな)を描く。
 社会の光と影を見はるかす視線は、橋本治(61)『巡礼』にも通じる。こちらはゴミ屋敷の主となった荒物屋の跡取りの歩んだ戦後史を、社会と個の関係を視野に収めながら浮かび上がらせた。3人は「団塊」世代。会社員なら定年にさしかかる年齢で、戦後史が個人史とほぼ重なる。自身が 生きた時代とは一体何だったのかを問い直す作品が同時期に書かれたのは、偶然ではなかったろう。
 世代的には少し下だが、『太陽を曳く馬』で三部作を完結させた高村薫(56)も、オウム真理教を含めた戦後のこころの荒廃を掘り下げた労作だった。
 辻原登(64)『許されざる者』は、日露戦争から大逆事件へ進む20世紀初頭の激動の群像を活写した19世紀的ロマン。
 小川洋子(47)は『猫を抱いて象と泳ぐ』(文芸春秋)で、天才チェス少年の短くも美しい生涯を職人の繊細な手際で構築した。
 奥泉光(53)は『神器 軍艦「橿原」殺人事件』で、荒唐無稽(むけい)な虚構によって戦時下の狂気の様相をとらえた。
 池澤夏樹(64)『カデナ』(新潮社)は68年の沖縄が舞台の、ささやかだけれどしたたかなスパイ小説。
 山田詠美(50)『学問』(同)にある高度成長期の地方都市に暮らす少年少女の生と性、桐野夏生(58)『IN』(集英社)がつきつける作家の業も、深く記憶に残った。
 吉田修一(41)『横道世之介』(毎日新聞社)は、87年に長崎から上京した世之介の大学1年目をつづる青春小説。
 角田光代(42)は『森に眠る魚』(双葉社)で、園児の母親同士の疑心暗鬼、規範なき現代の醜悪と悲惨を直視した。
 ドストエフスキー『白痴』のパロディー小説、鹿島田真希(33)『ゼロの王国』(講談社)は、主人公の青年の純粋さの空転が滑稽(こっけい)にして痛快。
 中村文則(32)『掏摸(スリ)』は、悪を操る人間と操られる人間の緊張感がスリリングで、新境地を感じさせた。
 さらに青山七恵(26)『かけら』(新潮社)は、川端賞最年少受賞の表題作をはじめ、日常に潜む感情のさざなみを感知する眼(め)が冴(さ)えた短編集。
 川上未映子(33)『ヘヴン』は、いじめを中学時代の一過性のものでなく善悪の大きな枠組みでとらえた意欲作だった。
 磯崎憲一郎(44)『世紀の発見』(河出書房新社)は、早回しの映画のテンポで時間の流れそのものを読ませるような文体が新鮮だった。
 火星から帰還した宇宙飛行士が騒動に巻き込まれる近未来小説、平野啓一郎(34)『ドーン』(講談社)には「分人主義(ディヴィジュアリズム)」という言葉が出てくる。ネット社会で対人関係が複雑化するのに合わせて、人間は自分の中に分人を増殖させないと現実に対応できない――。こうした事態は、現代社会でも相当進んでいるのではないか。兄弟で共作する新人が登場し、作品の「私」も読者の「私」も分人化する時代に、どんな文学が生まれるか。今後に注目したい。(12月15日、読売新聞)

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2009年12月 4日 (金)

文芸時評〈11月〉(東京新聞11月26日)沼野充義氏

〈壁崩壊以降の世界〉山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」ゆるやかに繋がる/谷崎由衣「遠い真珠」手探りの現代反映。
《対象作品》特集「壁崩壊20年ベルリンが世界に問いかけるもの」(すばる)/山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(新潮)/田中慎弥「実験」(同)/谷崎由衣「遠い真珠」(すばる)/ギュンター・グラス「箱型カメラ」(藤川芳朗訳、集英社)/ガルシア=マルケス「生きて、語り伝える」(旦敬介訳、新潮社)。

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2009年12月 2日 (水)

文芸時評〈11月〉(毎日新聞11月25日)川村湊氏

<小説家は何を書くべきか>「戦争を作品化しなかった井上靖」<新発見の「従軍日記」が問うもの>
《対象作品》井上靖「中国行軍日記」(新潮)/田中慎弥「実験」(同)/村田沙耶香「ガマズミ航海」(群像)/鹿島田真希「まあめいど」(文学界)。

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2009年11月30日 (月)

文芸時評<文学12月号>(産経新聞09.11.29)早稲田大学教授・石原千秋氏

「書き出しも、終わり方も難しい 」
《対象作品》文學界新人賞受賞作・奥田真理子「ディヴィジョン」(文学界)/文學界新人賞「特別賞」・高校3年生の合原(ごうばる)壮一朗「狭い庭」(同)/山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(新潮)/田中慎弥「実験」(同)。
【文芸時評】12月号 早稲田大学教授・石原千秋 

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2009年11月25日 (水)

文芸時評<文学11月>(読売新聞)

薄れる境界にこそ本質/「老と若」、「東京と地方」(文化部 山内則史)
 「老い」をみずみずしい目でとらえ、新境地を拓(ひら)いた黒井千次氏(77)が「高く手を振る日」(新潮)を書いている。生と、時間と、男女について、老境から問いかける今月一番の力作だ。
 妻に先立たれ、一人暮らしの浩平には〈行き止りの感覚〉がある。人生は残り少なく、後に残るものを、自分が消え去る前に始末したい。折しも娘の夫の同僚の母親が、自分に会いたがっていると聞く。重子というその女性は、大学で浩平、亡妻と同じゼミにいた同期。学生時代のある出来事を封印してきた浩平は、すでに伴侶もなく70を過ぎた重子に再会し、思いを再燃させる。重子の勧めで携帯電話を持ち、〈じっと まって います〉と平仮名だけのメールを送る。
 行き止まりから引き返し、過去へと時間を遡(さかのぼ)る浩平と、〈生きている途中で終りが来る。(中略)全部途中なんだ〉と考える重子。2人の軌跡が交錯する経緯には、愚かしい執着と表裏一体の、限りある生の厳粛な重さがある。〈正体の掴(つか)めぬものが身の内に蠢(うごめ)く〉のを見つめる作家の、沈着で温かい視線を感じる。
 アンチ・エージングで老いは先延ばしされ、「老」と「若」の境界があいまいになった風潮も踏まえて、本作は書かれただろう。一方、かつて厳然とあった「東京」と「地方」という二項対立の構図もあいまいになった。最近目につく地方を舞台にした小説は、そのぼんやりとした境目から書かれている。
 羽田圭介氏(24)「ミート・ザ・ビート」(文学界)で描かれるのは、在来線に1時間も乗れば東京圏という北関東の都市。叔父の家に居候して予備校に通う19歳の浪人生が、地元の若者たちと車を通して親しくなる。この地の若者にとって車は単なる「足」ではない。好みの仕様に改造したり、5人家族で車6台という家があったり。田んぼがあり、道路があり、家が点在し、そこを車が往来する広漠とした風景。車にかける若者たちの自由な生態が小説に書かれたことは、あまりなかったのではないか。新鮮な視点だ。
 広小路尚祈氏(37)「のうのうライフ」(すばる)も地方色豊かな作品。輸入車販売の営業マンをクビになった〈おれ〉は、祖母が心臓病で入院し放置されたままの畑の世話を買って出る。少年のころ毎夏2週間を過ごした祖母の家は〈町村合併で面積がやたらと広がったこの町の端の、元々は隣村だった山の中〉。雑草を刈り、猿を駆除し、快い筋肉疲労に包まれて眠る生活に充足する。車を売った顧客であり交際中の彼女が持つ都市的価値観と、〈農〉の豊かさの間で揺れ動く〈おれ〉。〈山と町の境目〉という設定が、その苦悩を滑稽(こっけい)かつ切実に際立たせた。
 住んでいる山口県下関市を作品に書き続ける田中慎弥氏(36)は、「実験」(新潮)でも地元を書いている。文芸誌の新人賞を受けて4年、〈私〉は編集者に「東京で仕事をされるおつもりは?」と電話で問われ、この地で書き続ける意味を模索している。2歳下の幼なじみがうつの診断を受け、請われて会いに行った〈私〉は、彼のことを小説に書こうという下心から〈四肢を固定した鼠(ねずみ)に通電する気分で〉うつには毒になる言葉を浴びせ、観察する。外から聞こえて来る選挙演説の声に吉田松陰や高杉晋作の名がまじる地での、苦いユーモアに満ちた小さなドラマだ。
 文学界新人賞の奥田真理子氏(37)「ディヴィジョン」(文学界)も、関西の濃密な匂(にお)いをたたえた1編。この秋の新人賞受賞作にも、地方を書いた作品が目立った。中央から押し寄せる均一化の波。その波打ち際の中間的な場所で、本質的な何かが露呈する――作家たちは、そこを見ようとしているのではないか。
 別れた女の記憶を去来させつつ、男が黙々と別荘に茂った雑草を刈る藤沢周氏(50)「草屈(くさかまり)」(新潮)、40を過ぎて子どもに恵まれない夫婦の静かな日常を切り取った青山真治氏(45)「ネフェルティティと亀」(すばる)は、ともに短編の切れ味を感じさせた。(09年11月24日 読売新聞)

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